できることは増やしたつもりだったけれど
小5の1年間は、
ずっと同じ場所をぐるぐると回り続けている感覚でした。
前に進んでいるはずなのに、
終わりが見えない。
そんな日が続いていました。
習い事をやめました。
家で勉強を見る時間も増やしました。
当時の長男の様子を見て、
できることは一つずつ増やしていたつもりです。
それでも、
状況はよくなりませんでした。
いま振り返ると、
努力や気持ちの問題だと
帰結させようという気持ちも少なからずありました。
習い事をすべてやめても余裕は生まれなかった
三つの習い事をすべてやめて、
机に向かう時間は増えました。
ただ、
「とても回しきれない」状況は
ほとんど変わりませんでした。
とにかく算数に時間がかかる。
国語や理科、社会は後回しになります。
別の教科を進めると、
算数の予習が間に合わない。
一つを守ると、
どこかが必ず抜ける。
そんな感覚でした。
家庭フォローを増やしても追いつかなかった
家で勉強を見る時間も、
明らかに増えていきました。
どこがわからないか確認する。
例題を教えながら解き直す。
でもこれをやると1問に1時間くらいかかる。
その時間が日々の暮らしを圧迫しているように感じました。
やっていること自体は、
間違っていなかったと思います。
ただ、
塾の進度は止まりませんでした。
次の授業では、
次の単元に進みます。
宿題も、
次の範囲で出ます。
理解を追いつかせようとしている頃には、
塾ではもう次の山に登り、
むしろ下り始めている段階。
「わかりそうだったのに、
次の情報が入ってきてもうわからない」
そんな状態が続いていました。
増えていった「白紙」
この頃から、
テキストや問題集が「白紙」
ということが増えました。
最初は、
疲れているだけだと思っていました。
ただ、
様子を見ていると、
それだけではない。
わからないまま授業を受ける日がある。
わからないから宿題が終わらない。
わからないまま、次の授業が来る。
だからテキストや問題を見たくない。
いま振り返ればそういうことだったのです。
当時は、
そこまで整理できていませんでした。
答えを写すような行動が出たのも、
急な変化ではありませんでした。
時間なのか。
やり方なのか。
気持ちの問題なのか。
ただ、
何を足して、
何を引けばいいのか、
もう完全にわからなくなっていました。
まとめに代えて
この時期は、
努力していなかったとは思えませんでした。
むしろ、
つらそうな顔をしながら、ときには泣きながら
一生懸命長男はやっていました。
それでも、
追いつかなかった。
この状態が続くことへの不安が、
とても重くなっていました。
次の記事では、
こうした状況と並行して、
教育環境のことを考えながら
家探しを始めていた頃の話を書きます。
中学受験が
うまくいくかどうかとは切り離して、
生活の土台として
何を見ていたのか、という話です。

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