これで私たちも中学受験組「感」
前の記事で書いた学校は、
当時の私たちにとって
「志望校」というほど
固まった存在ではありませんでした。
ただ、
話題に出すときと
少し一人前というか、中学受験組だと実感できるというような感覚でした。
偏差値は見えていたが、基準にはしていなかった
本を見れば、
その学校の偏差値は
60〜65あたりでした。
低い数字ではない。
ただ、
「この数字を目指そう」
「この位置にいなければならない」
そう考えていたかというと、
そうではありませんでした。
数字は、
あくまで情報の一つ。
でも、
会話の中心にはなっていなかったと思います。
「無理そう」と感じなかったこと
その学校について話していたとき、
私たちの中にあったのは、
漠然とした前向きさです。
「とても届かない感じがする」
「現実味がない」
御三家のような雲の上の存在ではないし、
そうした言葉は、
特に出てきませんでした。
だからといって、
「行けそうだ」と
確信していたわけでも当然ありません。
口に出しても
重くならない。
その感覚が、
「いいな」という気持ちにつながっていたように思います。
学校そのものより、空気を見ていた
校舎の雰囲気。
学校のサイトで見る生徒さんたちの雰囲気。
そうした断片から、
「安心できそうだな」
「落ち着いて通えそうだな」
という印象を
受け取っていました。
当時の私たちは、
学校の強みを
分析していたというより、
自分たちの感覚に
合うかどうかを
探っていたのだと思います。
子どもの反応が、判断を後押ししていた
長男自身は、
まだ中学校というものを
具体的に想像できていたわけでは
ありませんでした。
それでも、
その学校の話をしたとき、
特に否定的な反応があったわけではなかった。
それだけで、
十分だったように思います。
「嫌ではなさそう」
その感覚があるだけで、
選択肢として
置いておいていい。
当時は、
それくらいの基準で
考えていました。
まとめに代えて
偏差値60〜65という数字は、
たしかに見えていました。
でも、
それが理由で
「いいな」と思ったわけではありません。
無理そうだと感じなかったこと。
話題にしても空気が重くならなかったこと。
子どもが拒まなかったこと。
そうした、
言葉にしづらい感覚の積み重ねが、
この学校を
「いいな」と思わせていたのだと思います。
当時は、
それが判断だという自覚もありませんでした。
ただ、
後から振り返ると、
ここにも一つ、
確かに選び取っていたものがあった。
いまは、
そう感じています。
次の記事では、
長男自身が
自分からその学校名を出すようになった話です。
親の感覚とは少し違う、
子どもの視点について
書いていきます。

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