周囲に志望校変更を相談できなかった理由|せっかくの判断が

積極的には言わなかった

小5の途中で、
志望校を大学附属へ切り替えました。

自分の中では、
それなりに考え抜いた判断でした。

それでも、
その判断を周囲に相談できたかというと、
そうではありません。

むしろ、
積極的に言わなかった。
というほうが、
近かったと思います。

「早すぎる」が怖かった

志望校を切り替えた理由は、
自分の中では
整理したつもりでした。

「もしかしたらもっと上に」という可能性より、
現実を見ることにした。
家庭全体で考えた判断。

「まだ小5だよ」
「早すぎるって」
「うちはこうしたらうまくいった」

その判断がこうした言葉で
またぐらぐらに揺らぐのが怖かったのだと思います。

同僚や先輩の家庭をみると

私の勤める会社の先輩は
多くが子どもたちに中学受験をさせています。

そしてほとんどが
難関校に合格して通っています。
きょうだいで御三家や新御三家に合格している
とか
御三家はあきらめたけれど名門校
とか
本人自身も有名な中学を出ているとか。

正直言えば、
我が家のような状況に置かれた人が見当たらない。
アドバイスのレベルがあまりに高すぎる。
子どもの様子が違いすぎる。
参考にしづらい部分がありました。

だから言い出しにくい。

塾の同じクラスの親御さんにも聞きづらい。

また、塾の先生に相談する機会が
この時期になかったということもあります。
常々、「まだ具体的な志望校は決めなくていい」
と塾の便りにも書いてあり、
現状と目標とそのギャップを
相談する気になれなかったということもあります。

話さないことで、守っていたものもあった

周囲に言わなかったことで、
守れていたものも、
あった気がします。

ほかの家と比較して
どうこうと子どもに言わなくて済む。

そして、
長男の前で、
判断を
不安定に見せないこと。

話さないことは、
逃げでもあり、
同時に
防御でもありました。

まとめに代えて

志望校を切り替えたあと、
私は、
その判断を
外に出すことがほとんどできませんでした。

相談しなかったのは、
引け目とか劣等感とか
そういうことよりも
同じような悩みを持っている人が周囲におらず、
相談してもしょうがないという考えがあったと思います。

そして、
この「相談できないこと」が、
次の迷いへと
つながっていきます。

次の記事では、
志望校を切り替えたあとに受け始めた
模試の話を書きます。

▼ 次の記事
小6から首都圏模試を受け始めた理由|物差しを変えたかった頃

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