小5途中で志望校を切り替えた判断|現実を見たつもりだった

考え抜いた

大学附属という選択肢を前にして、
しばらく迷い続けたあと、
我が家は、ひとつの方向に
はっきりと舵を切りました。

小5の途中、
夏休みを前に
志望校を大学附属へ切り替える。

それは、
勢いで決めたことでも、
自然にそうなった結果でもありません。

当時の私なりに、
考え抜いたうえでの
判断でした。

大学附属を志望校として選ぶと決めた

この時点で、
大学附属は
「候補のひとつ」ではなく、
明確な志望校になっていました。

大学までの進路が、
ある程度、約束されていること。

6年間を通して、
受験に縛られすぎず、
やりたいことに時間を使えること。

その魅力が、
私の中では、
「将来の選択肢が狭まるかもしれない」
という不安を、
上回ったのです。

迷いが消えたわけではありませんが、
天秤は、
こちら側に傾いていました。

無限の可能性より、現実を見ることにした

当時、
私がよく考えていたのは、
「可能性」という言葉でした。

もっと伸びるかもしれない。
まだわからない。
将来は開かれている。

そう考えることも、
もちろんできました。

ただ、
親の学力も含めて、
家庭全体で見たとき、
無限の可能性を追い続ける覚悟が
本当にあるのか。

正直に考えると、
自信はありませんでした。

だから私は、
この判断を、
「現実に即した合理的な選択」だと、
自分に言い聞かせました。

高すぎる目標が、重荷になっている気がした

もうひとつ、
頭から離れなかったのは、
長男の様子でした。

高い目標を掲げているとき、
どこかで
苦しそうに見えることがあった。

努力していないわけではありません。

ただ、
目標が遠すぎると、
「手応えがない」
「目指す学校のイメージがつかめない」
という感覚のほうが、
先に立ってしまうのではないか。

それなら、
現実的に可能性のある学校を目指したほうが、
前向きに
取り組めるのではないか。

そう考えるようになっていました。

「道を狭める判断」になる可能性があると、わかっていて選んだ

大学附属を選ぶことが、
道を広げる判断ではないことは、
分かっていました。

それでも、
6年間という時間の中で、
得られるもののほうが大きい。

その価値判断を、
当時の私は、
受け入れました。

迷いながらではありますが、
ここは
はっきりと
選んだところです。

まとめに代えて

小5の途中で、
志望校は、
大学附属へ切り替わりました。

楽な道を選んだわけでも、
逃げたわけでもなく、
現実的で合理的な判断。

そう整理しなければ、
前に進めなかった、
というのが正直なところです。

この判断が、
正しかったのかどうかは、
当時の私には、
まだ分かっていませんでした。

ただ、
ここから先は、
この前提に立って
考えていくしかない。

そう腹をくくった、
小5の途中でした。

次の記事では、
この志望校変更を、
周囲にどう伝え、
なぜ言えなかったのかについて
書いていきます。

▼ 次の記事
周囲に志望校変更を相談できなかった理由|せっかくの判断が

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