小6の夏に一番焦った理由|志望校との距離を意識し始めた頃

志望校のイメージが揺れて

家庭学習のやり方を整え始めた頃、
気持ちが落ち着いたかと言われると、そうではありませんでした。

やるべきことは見えてきた。
土台を作る時間だということも、頭ではわかっている。
それでも、小6の夏前に入ったあたりから、
焦りが大きくなるような感覚がありました。

この時期は、志望校のイメージが揺れ始めた時期とも重なります。
上を見ていた頃の感触が薄れ、
現実的なラインを意識せざるを得なくなる。
その変化が、焦りの輪郭をはっきりさせていったように思います。

算数で見えてきた「時間の足りなさ」

算数については、土台を作っている実感がありました。
以前のように、わからないまま進んで崩れていく感じは減っている。
個別指導で基礎を固め直している意味も、納得できていました。

ただ、首都圏模試を受けるたびに、
結果が思うように出ないことが続きました。

点数そのものよりも、
解ける問題と解けない問題の境目が、くっきりしてしまう。
少しひねられただけで手が止まるところが、まだまだ多い。
そういう現実が、何度も目に入ってきました。

このペースで基礎を積み上げていったとして、
応用や難問に本格的に取り組む時間が、どこに残るのか。
その見通しが立たないことが、じわじわ怖くなっていきました。

そして、難度の高い試験がある学校に対しては、
「届く・届かない」以前に、
そこへ向かうための時間が見えない。
そんな感覚になっていったのを覚えています。

社会の「公民ゼロ」が刺さってきた

焦りは算数だけではありませんでした。
社会のほうが、別の意味で急に現実味を持って迫ってきました。

地理と歴史は、5年生までに一通り触れてはいます。
完璧に覚えているわけではないにせよ、
見覚えのある言葉や流れは残っていました。

一方で、公民の要素については、ほぼ知識がゼロでした。
模試で公民の分野が出たとき、
「なにこれ」
「全然知らない」
公民にさわっていなかったことに気づいていなかった。
それを夏前のいま知った。
急に怖くなりました。

「このまま夏に入っていいのか」
焦りの中に、そんな問いが混ざり始めたのがこの頃です。

塾と「実現できるライン」をすり合わせ始めた

この時期から、塾とも志望校について話す機会が増えていきました。
以前のように、ふわっとした希望を置くのではなく、
今の理解度や模試の結果を踏まえて、
「実現できるレベル」をすり合わせるようになっていきました。

そこで話題になるのは、
どこが第一志望か、という言い方よりも、
どんな出題の学校なら積み上げが届きそうか、という感覚でした。

難問や奇問が前提の学校に向けて、
応用の訓練を重ねていく道筋が見えない。
それなら、基礎を固めたうえで、
少し応用が乗るくらいの出題で勝負できる学校を考えたほうがいい。
そういう話を、少しずつ、現実の言葉として交わすようになっていきました。

その過程で、志望校のイメージが、
中堅校へと置き直されていったのだと思います。

まとめに代えて

小6の夏前に一番焦った理由は、
勉強法が分からないからではありませんでした。

土台を作っている手応えはあるのに、
模試の結果がついてこない。
このまま進んだ先に、
応用や難問に向き合う時間が残るのかが見えない。

さらに、社会では公民がほぼ手つかずで、
焦りの種類が増えていく。

その結果、
志望校との距離を、はっきり意識せざるを得なくなりました。
この距離感が、次の段階の話につながっていきます。

次の記事では、
この夏前の焦りを抱えたまま、
志望校をどう最終決定していったのか、
そのプロセスを書きます。

▼ 次記事
志望校を最終決定したプロセス|実現可能なラインが言葉になったとき

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です