厳しい。でも、気持ちが追いつかない
前の記事で書いたように、
「この中学は現実的に厳しいかもしれない」
という感覚は、
少しずつはっきりしてきていました。
それでも、
すぐに志望校を変える、
という判断には
向かえませんでした。
理由は単純で、
気持ちが追いついていなかったからです。
「下げる」という言葉が、重く感じられた
志望校を見直す、
という言い方もできます。
でも当時の私にとっては、
それは
「下げる」という言葉とほぼ同じでした。
目線を落とすこと。
一度置いた目標から引き返すこと。
それが、
とても大きな後退で、取り返しがつかないことのように
感じていました。
「下げる」ことでなにが失われるかを考えてしまった
もしいま、
志望校を変える。いや、下げたら。
当時の私には
志望校を下げれば、
下げた先の学校が上限になってしまう
下手をしたら、そこにも届かなくなるのではないか、
という気持ちがありました。
高い目標があるからこそ、そこに向かって努力する。
それは伸びにつながる。
目標が低くなれば、そこまでの努力はできないのではないか。
そんなイメージでした。
いまその判断をしてしまえば、
これまでの迷いや、
期待や、
悩んできた時間、
長男のこれからの可能性まで失われてしまうような
気がしていたのだと思います。
「まだ決めなくていい」という逃げ道
現実的に厳しいと
感じていながらも、
私は
こんな言葉で
自分を落ち着かせていました。
「まだ決めなくていい」
「もう少し様子を見よう」
それは、
間違った判断では
なかったかもしれません。
ただ、
決めない理由が
現実ではなく、
気持ちの抵抗だったことも、
事実だったように思います。
子どもにどう伝えるか、決められなかった
もう一つ、
志望校を下げる判断を
難しくしていたのは、長男への伝え方でした。
本人が、
その学校の名前を
口にするようになっている。
そんな状況で、
「やっぱり無理そう」
と言っていいのか。
どれだけ子どものモチベーションに影響するのか。
それを考えると
簡単には
踏み出せませんでした。
まとめに代えて
志望校を下げることへの
抵抗感は、
単なる見栄や
プライドだけでは
なかったと思います。
そこには、
これまで積み重ねてきた
時間や期待、
これからの可能性も
含まれていました。
だからこそ、
「厳しいかもしれない」と
感じていても、
すぐには
引き返せなかった。
この時期の私は、
現実を見ながらも、
まだ
その先に進む覚悟を
持てずにいたのだと思います。
次の記事では、
そんな抵抗感を抱えたまま、
私たちが
具体的な選択肢として
意識し始めたものについて書きます。

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