教育費で削れなかった支出|不安と引き換えに残したもの

重要なものまで失う怖さ

教育費を振り返っていくと、
「削ってよかった支出」があった一方で、
どうしても削れなかった支出もありました。

合理的だったから、
効率が良かったから、
という理由だけではありません。

削ってしまうと、
重要なものまで一緒に失ってしまいそうだった。
そんな感覚が、
当時は確かにありました。

今回は、
中学受験期に
「削れなかった」と感じた教育費について、
正解探しではなく、
当時の判断の感覚として振り返ってみます。

塾そのものをやめる選択はできなかった

もっとも大きかったのは、
塾そのものをやめる、
という選択肢が現実的ではなかったことです。

集団塾から個別指導に切り替えたあと、
費用は明らかに上がりました。

家計の負担としては、
正直、重かったと思います。

それでも、
「ここを削る」という判断はできませんでした。

理由は単純で、
塾をやめた場合に、
その代わりとなる手段が見えなかったからです。

家庭で全部を見られるほどの
知識もノウハウも時間もない。
独学で進められる状況でもない。

この時点では、
塾は贅沢ではなく、
最低限の土台のような存在になっていました。

模試やテスト関連費用も削れなかった

もう一つ、
削れなかったのが、
模試や各種テストの費用です。

結果を見るたびに、
気持ちが揺れたり、
落ち込んだりすることはありました。

それでも、
「受けない」という選択はできませんでした。

成績を上げるためというより、
現在地を見失わないためです。

手応えだけで進むのは不安。
塾の中での感覚だけでは、
外との距離が分からない。

模試は、
安心材料ではなく、
不安材料になることのほうが多かったですが、
大切な「指標」になっていました。

個別指導のコマ数も、減らせなかった

個別指導に切り替えたあと、
「コマ数を減らす」という話も、
何度か頭をよぎりました。

算数だけにするか。
国語や社会は外すか。

検討はしましたが、
最終的に削ることはありませんでした。

削った瞬間に、
その科目を磨くことにストップが
かかるのではと感じたからです。

すでに積み上げ直している途中で、
その手を緩めるのが怖かった。

費用を抑えることよりも、
積み上げを途切れさせないことを
優先していました。

削れなかった支出に共通していたもの

こうして振り返ると、
削れなかった支出には、
共通点がありました。

「これを削ったら、不安が一気に大きくなる」
と感じていたものです。

成果が保証されていたわけではありません。
費用対効果が
はっきり見えていたわけでもありません。

でも、
削ったあとの不安のほうが、
支払い続ける不安よりも大きかった。

当時は、
そういう判断を積み重ねていました。

まとめに代えて

教育費で削れなかった支出は、
合理的だったから残した、
というよりも、
安心を求めた支出だったように思います。

あとから見れば、
別の選択肢もあったのかもしれません。

ただ、
その時点の情報と、
その時点の精神状態では、
削れなかった。

それが、
我が家の中学受験期の
正直な姿でした。

次の記事では、
こうした教育費の判断が、
住宅ローンや住まいの選択と
どう絡んでいったのかについて、
考えてみたいと思います。

▼ 次記事
教育費と住宅ローンのバランス|同時に考えざるを得なかった現実

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