受験直前期にやらなくてよかったこと|「新しいこと」を手放した判断

目についた「まだ足りないところ」

小6の1月に入り、
受験まで残り1か月を切った頃。

この時期になっても、
「まだ足りないところ」が目についていました。

もう少しで手の届きそうなところまで来ている。
だから、少しでも穴を埋めたい。
そんな気持ちが、
自然と湧いてきていたのだと思います。

算数の「弱点」が、はっきり見えていた

家で解いていた問題集を通して、
算数の苦手な部分は、
かなりはっきりしていました。

年齢算。
植木算。
流水算。

それぞれのやや複雑で応用的な問題です。
式を立てるところで止まってしまう。

「ここが取れたら、もう少し楽になるのに」
そう思って、
家で説明をしながら一緒に解こうとしました。

どうしても越えられないところがあった

ただ、
何度説明しても、
どうしても腑に落ちない部分がありました。

家で問題を解くときは
「どうやって計算したのか」
を説明してもらうことにしていました。

1問解けても、
少し形が変わると、
また最初に戻り、どうしても説明できなくなってしまう。

この時期になっても、
「理解の途中」に留まっている内容を
無理に引き上げようとしていたのだと思います。

振り返ると、
ここが一つの分かれ目でした。

「捨てる」という選択肢を、取ってもよかった

いま思うのは、
ここまで来て苦手なもの、
特に算数の応用的な部分については、
思い切って「捨てる」という判断を
してもよかったのではないか、ということです。

それよりも、
すでに
「これは取れる」
「これは安定している」と判断できる問題を、
何度も解いて、確実に点にする。

その手応えを、
もっと長男に持たせてあげたかった。

受験直前期の算数では、
新しいことをしない。
広げない。
深追いしない。

それが、
一番大事だったように思います。

他の教科は、「確認」に徹していた

理科と社会については、
この時期、
新しい知識を増やすことはほとんどしませんでした。

間違えた問題を見返し、
「ああ、これはそうだったな」と
思い出す程度。
社会の時事問題は長男が好きだったということもあって
一緒に新聞を読んだり、
問題を出したりしていました。
これは息抜きにもなったと感じています。

国語も、
読解の型を新しく覚えることはせず、
文章を読む感覚を保つことだけを
意識していました。
漢字は最後に、
頻出漢字のうち間違えたところだけ押さえることをしました。

どの教科も、
「できないことを減らす」より
「できることを落とさない」。

その比重が、
自然と大きくなっていた気がします。

不安は消えなかったが、方向は定まっていた

この時期になっても、
不安がなくなったわけではありません。

「本当にこれで足りるのか」
「もっとやるべきことがあるのではないか」

そう思う瞬間は、
何度もありました。

ただ、
何をしないか、どこまでやらないか。

その線引きは、
以前よりはっきりしていました。

まとめに代えて

受験直前期に、
やらなくてよかったこと。

それは、
算数で新しい応用に手を出し続けることでした。

できない部分を無理に引き上げるより、
できる部分を確実にする。

そのほうが、
結果として心も、学習も、
安定していたように思います。

この判断が正しかったのかどうかは、
結果が出るまで分かりませんでした。

ただ、
振り返ったいまは、
「引き算を選べたこと」自体が、
直前期に必要な判断だったのだと
感じています。

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