学習ペースを落とすことへの恐怖|追いつけない現実の前で

「ついていけない」はなくなったけれど

個別指導に切り替えてから、
家庭の空気は少しだけ変わりました。
算数の授業についていけない、という話は
ほとんど長男の口からは出ませんでした。

それでも、安心できたかと言われると、
正直そうではありませんでした。
むしろ、別の不安がじわじわと大きくなっていました。

「このペースで、本当に間に合うのだろうか」
そんな気持ちが、どうしても芽生えてしまう頃でした。

ペースを落とす決断が、怖かった

個別指導では、
それまでの集団塾よりも明らかに進みが遅くなりました。

単元を一気に進めるのではなく、
わからなかったところに戻って確認する。
一問ずつ、理解を確かめながら進む。

やっていること自体は、
「当たり前」に思える内容でした。
ただ、受験学年を目前に控えた時期に、
この進み方でいいのか、という不安は拭えませんでした。

頭では必要だとわかっていても、
心のどこかで
「遅れている」「取り戻せていない」
そんな焦りが残っていました。

周囲と比べてしまう自分がいた

集団塾に通っていた頃の感覚が、
完全には抜けきっていなかったのだと思います。

周囲はどんどん先に進んでいる。
もう少しで6年生までの単元を一巡するという話が
聞こえてくる。
過去問も話題にのぼる。
志望校も、具体的になっていく。

その一方で、
こちらは基礎に戻っている。
もう一度、立ち止まっている。
理科、社会、国語は手つかずで、
家で市販の問題集をするくらい。

「今さら戻って大丈夫なのか」
「ここで時間を使ってしまっていいのか」
「ほかの科目は?」
当初から思っていたことも含め、
そんな問いが、何度も頭に浮かびました。

焦りの正体が分からなかった

当時の私は、
何に対して一番怖がっているのか、
はっきりとは言語化できていませんでした。

成績が上がらないことなのか。
周囲に遅れを取ることなのか。
それとも、
ここまでやってきたことを否定することになるのか。

ただ一つ言えるのは、
「ペースを落とす=後退している」
そんな感覚を、
どこかで持っていたのだと思います。

いま振り返ると、
その感覚自体が、
集団塾で染みついたものだったようにも感じます。

長男の様子とのズレ

不思議だったのは、
長男はそこまで焦っていなかったことです。

「ここがわかるようになった」
そんな言葉が、何度か口から出ていました。

親のほうが、
受験スケジュールや周囲の進度を意識しすぎていた。
そのズレが、
余計に不安を大きくしていたのかもしれません。

それでも当時は、
その違和感をうまく受け止める余裕はありませんでした。

まとめに代えて

個別指導に切り替えたあと、
学習ペースを落とすことへの恐怖は、
確実に存在していました。
受験の日から逆算して本当にこのペースで間に合うのか。

必要だとわかっていることと、
安心できることは、
必ずしも一致しません。

この時期は、
「正しい選択をしたかどうか」ではなく、
「不安とどう付き合っていたか」を
強く覚えています。

次の記事では、
そんな不安を抱えながらも、
小6で個別に切り替えてよかったと感じ始めた点について書きます。

▼ 次記事
小6で個別に切り替えてよかった点|不安の中で見え始めた変化

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です