我が家の後悔はどこに
中学受験の教育費について振り返ると、
金額そのものに対する後悔は、あまりありませんでした。
想定より大きく膨らんだ、
という感覚もありません。
ただ、
入り方については、
少し違った考え方もあったのではないかと、
いまは感じています。
小学校入学時点では中学受験を想定していなかった
もともと我が家は、
小学校入学の段階では、中学受験をすることを
前提にはしていませんでした。
公立中に進む。
その延長線で考えていました。
教育費も住環境も
その前提で見ていました。
周囲の動きが、判断を早めた
小3の頃に周囲の家庭が、
塾に通い始めたという話を耳にするようになり、
焦りを感じるようになった。
まだ早いのではないか。
そこまでしなくてもいいのではないか。
と思う気持ちと同時に、
置いていかれるのではないか、
長男の将来を狭めることになるのではないか、
という不安に押される形で、
塾に通い始めました。
費用は「かかるらしい」程度の理解だった
塾に通わせる以上、
費用がかかることは聞いていました。
ただ、
それがどの程度なのか。
年間でいくらになるのか。
具体的な金額としては、
ほとんど把握していませんでした。
その場しのぎの支出が積み重なっていった
結果として支払いは、
その都度の対応になりました。
講習費の案内が来る。
そのタイミングで準備する。
事前に構えていた支出ではなく、
その場ごとに判断する形でした。
振り返ると、
積み重ねというより、
対応の連続だったように思います。
一度始めると「やめる」が選びにくくなる
途中で感じ始めたこともありました。
ここまでかけてきた費用。
これまで積み上げた時間。
それを思うと途中でやめるという判断は、
取りにくくなっていきました。
成績だけでなく、費用面でも、
引き返しにくさが生まれていたように思います。
教育費は「急峻な山」ではなかった
教育費というと、
ある年に一気に跳ねるような印象を持っていました。
ただ、
実際には違っていました。
急な山というより、
尾根のように続いていく。
毎年、一定の重さが積み重なっていく。
さらに年間で見れば尾根でも、
月単位で見ると講習費が重なる月があり、
さらに高い部分が現れる。
家計として苦しく感じたのはこのタイミングでした。
上限ラインを共有しておく必要はあったのかもしれない
振り返って思うのは、
費用の上限についてでした。
ここまではかける。
ここから先は難しい。
そのラインを家族の中で共有しておく。
当時は、
明確に言葉にしていませんでした。
その都度、状況を見て判断する。
柔軟ではありましたが、
迷いも残りやすかったように思います。
まとめに代えて
教育費での後悔は、
金額そのものよりも、
入り方に近いものでした。
受験を前提としていなかったこと。
周囲に押されて始めたこと。
費用を十分に把握しないまま進んだこと。
大きな失敗ではありません。
ただ、
引き返しにくくなる前に、
考えておきたかったことは、
確かにありました。
教育費は、
急な山ではなく、
尾根のように続いていきます。
その中に、
講習費という高い部分もある。
どこまでかけるのか。
というラインを、
早い段階で考えておくことには、
意味があったのかもしれません。
次の記事では、
こうした教育費への不安が、
受験そのものにどのような影響を与えていたのかを振り返ります。
金額の問題だけではなく、
家庭の空気や、
子どもへの接し方にも、
少しずつ変化が出ていました。

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