家計にとどまらない「不安」
教育費の不安は、
家計の数字の中だけに
とどまっていたわけではありませんでした。
支出が増えるにつれて、
家庭の空気にも、
少しずつ影響が出ていきました。
当時は、
お金の問題だと
はっきり自覚していたわけではありません。
ただ、
振り返ってみると、
確実に関係していたのだと思います。
費用が積み重なるほど、結果を求める気持ちは強くなった
教育費は、
一度に発生するものではありません。
月謝や講習費。
少しずつ、
積み重なっていきます。
かかった費用の分は結果で回収したい。
意識していたわけではありませんが、
どこかでそう感じていたように思います。
ゴールは合格なはずなのに、過程でも目に見えるものがほしかったのだと思います。
偏差値は大きくは伸びなかった
長男の成績は、
最後まで大きく跳ねることはありませんでした。
模試の偏差値は、
40〜50のあたりをうろうろ。
受験直前まで、
そのレンジの中にいました。
本人なりに努力はしていたと思います。
ただ、費用の積み重ねと並べて見てしまうと、
どうしても物足りなさを感じてしまう瞬間はありました。
小5の頃、いらだちが強くなっていた
特に私の感情が揺れていたのは、
小5の頃だったと思います。
費用は確実に増えていく。
講習も増える。
それなのに、
成績は大きく伸びない。
これだけ費用を捻出しているのに、
なぜ結果につながらないのか。
いらだちのような感情が自分の中に生まれていました。
宿題をしない姿に敏感になっていった
その感情は、
日常の行動にも影響していました。
宿題をやらない。
机に向かわない。
そうした姿を見ると、
単に「やらない」だけではなく「無駄にしている」と感じてしまう。
費用をかけている分、
感情の振れ幅も大きくなっていたのだと思います。
「なんでやらないの?」と責めてしまった
結果として、
言葉も強くなりました。
「なんでやらないの?」
「やらないなら意味がない」
言ったあとで、言い過ぎたと感じる。
その繰り返しでした。
「言い過ぎだと思う。これ以上言えば親子の関係が壊れる」
妻のその言葉は、
いまも印象に残っています。
私の言葉は表面上は
「やらない」「伸びない」への指摘でしたが、
その背景には、やはり費用の重さもあったと思います。
我が家では空気が変わった
家庭の空気は確実に変わったと思います。
成績の話。
勉強の話。
それが続くほど会話も重くなる。
費用に対して結果を求めすぎて、いいことはないのではないか。
いまはそう思いますが、
当時は余裕がありませんでした。
不安の正体は「お金」そのものではなかった
お金が減ることそのものというよりも、
かけている意味はあるのか。
それが不安の正体だったように思えます。
また、費用が積み重なるほど、
受験からの撤退は考えにくくなっていきました。
ここまでかけてきた。
ここでやめるのか。
費用の積み重ねは、
心理的な引き返しにくさにもつながっていました。
併用という選択肢には現実感がなかった
集団塾に加えて、
個別指導を併用する家庭もあると聞いていましたが、
我が家には現実的ではありませんでした。
そこまで費用をかける余裕はない。
そう思う一方で、
そこまでしてあげられないことへの
申し訳なさのような感情もありました。
まとめに代えて
教育費は、
家計の問題だけではありませんでした。
費用が積み重なるほど、
結果を求める気持ちは強くなる。
その感情は、
言葉や態度にも現れていきました。
お金の不安というより、
かけている意味への不安。
その感覚が、
家庭の空気を少しずつ変えていったのだと思います。
費用と結果を結びつけすぎてもいいことはありませんでした。
当時は切り離して考える余裕が持てていませんでした。
次の記事では、
教育費に関する情報を、
どのように集め、
どこで迷ったのかを書きます。
情報は多い。
ただ、多すぎるがゆえに
判断を難しくする側面もありました。

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