まずはぼんやりと目標を
家探しやお金のことを考えながら、
同時に、
長男の進学先については
当然話題になりました。
「もし行けるとしたら、
こんな学校だろうか」
そんな会話が、
自然と増えていた時期でした。
当時の志望校の話は、
まずはぼんやりと目標を掲げるくらいのイメージだったと思います。
小6になった頃の長男の学力も、
いまの位置もわからなかったからです。
何となく思い浮かべていた学校像
この頃、
私たちが思い浮かべていたのは、
共学校でした。
説明会や学校案内を取り寄せてみたわけでもありません。
学校案内の本を買い、
ぱらぱらとめくりよさそうだなと思ったところ。
その程度です。
まだ、
候補を絞る段階ではありません。
比較をしていたわけでもありません。
ただ、
話題にするときに
だれも否定しない学校、
という位置づけでした。
たまたま学校に行ったときの雰囲気
たまたま、その学校で模試を受ける機会がありました。
校舎の雰囲気。
簡単な学校の説明。
一つ一つを
評価していたわけではありません。
それでも、
帰り道に
「ここに行けたらいいね」
と長男に言うと
「うん」
と返ってきた。
まだ中学校という存在に
ピンときていなかった長男が反応した。
そのことで私たちの中の空気が、
少しだけ変わったのを覚えています。
数字は知っていたが、中心にはなっていなかった
もちろん、
偏差値という数字を
まったく見ていなかったわけではありません。
本を見れば、
数字は載っていますし、
大まかな位置づけも
分かっていました。
ただこの時期、
その数字を軸に
話をしていたかというと、
そうではありませんでした。
学校の名前や
雰囲気が先にあり、
数字は
背景に置かれている、
という感覚だったと思います。
志望校という言葉を、まだ使っていなかった
この頃、
私たちは
「志望校」という言葉を、
はっきり使ってはいませんでした。
「目指す」
「狙う」
といった表現も、
まだしっくりきていなかった。
ただ、
話題に出る学校が
少しずつ固定されていく。
その変化に、
当時は
特別な意味づけを
していなかったと思います。
まとめに代えて
小4〜小5初期に
思い浮かべていた学校は、
判断の対象というより、
会話の中に自然と
置かれていた存在でした。
この時期は、
何かを決める前の、
空気が形になり始めた頃。
のちに振り返ると、
ここに、
いくつもの判断の前提が
すでに含まれていたのだと
分かります。
ただ当時は、
そのことに
気づいていませんでした。
次の記事では、
なぜその学校を
「いいな」と感じていたのか。
当時の会話や
見ていたポイントを手がかりに、
もう少し具体的に
書いていきます。
▼ 次の記事
偏差値60~65の学校を「いいな」と思った理由

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