「やめる」と塾に伝えた日
「今月いっぱいで塾を辞めたいと思います」
塾には電話でそう伝えました。
クラスの担当の先生が電話を代わり、
「急ですが、なにか理由はあるのでしょうか」
と聞きました。
小3の終わりから小5の1月まで
偏差値で見れば、
ほとんど伸びが見られず40~50の間をうろうろしていること。
授業の進度と宿題に追いつけず、
多くの単元をとりこぼしてしまっていること。
これを続けていった先に、志望校の偏差値到達が見えないこと。
正直に伝えました。
「そうですか。辞める意思が固まっているならお引き留めしません」
正直なところ、少し切ない思いがありました。
こちらの考えを尊重してもらったとわかっているのですが、
長男の可能性について塾はどう見ているのか
塾では、どんなフォローが有り得るのか
といった内容をもっと前に聞いておけば
よかったのかもしれません。
年2回ほどある塾と保護者面談では、
まだそこまで踏み込んで話していませんでした。
集団塾をやめると決めたあと、
気持ちが楽になったわけではありませんでした。
むしろ、
これまで見ないようにしていた不安が、
一気に表に出てきました。
本当に、
この判断でよかったのか。
取り返しのつかないことをしていないだろうか。
そんな問いが、
頭の中を何度も巡っていました。
「一度やめたら戻れないのでは」という怖さ
集団塾をやめるという判断には、
どこか
後戻りできない感じがありました。
どこかに入り直すとしても、
同じことになりはしないか。
長男の2年の足跡を知らない塾で
特徴などを把握してもらえるか。
「やめる」という選択が、
選択肢を狭めてしまうのではないか。
そんな怖さが、
常につきまとっていました。
情報から切り離される不安
集団塾に通っていると、
意識しなくても
入ってくる情報があります。
模試の動き。
志望校の話題。
周囲の家庭の様子。
そこから離れることで、
大事な情報を取りこぼしてしまうのではないか。
自分たちだけで、
進路を考え続けられるのか。
判断の材料が
足りなくなるのではないか。
そんな不安も、ありました。
「親の判断」で可能性を狭めていないか
一番重かったのは、
長男の将来に対する不安でした。
集団塾をやめることで、
長男の可能性を
私が
勝手に削ってしまったのではないか。
努力すれば届いたかもしれない道を、
私の判断で
閉じてしまったのではないか。
そう考え始めると、
簡単には前を向けませんでした。
それでも、立ち止まれたことの意味
不安は、
消えませんでした。
ただ、
集団塾をやめたことで、
一度立ち止まる時間は
確かに生まれました。
無理に無理を重ねながら
進み続けるのではなく、
いまの状態をそのまま見る。
考え直す余白ができた。
それだけでも、
意味があったのではないか。
と思うようにしました。
まとめに代えて
集団塾をやめるとき、
不安がなかったわけではありません。
むしろ、
不安だらけでした。
この判断で
本当に大丈夫なのか。
間違っていないのか。
答えは、
この時点では
出ていませんでした。
ただ、
不安を抱えたままでも、
次の選択肢を
考え始めることはできる。
そう思えたことが、
次につながっていきます。
次の記事では、
こうした不安を抱えたまま、
次にどんな選択肢を考え始めたのか。
個別指導を検討し始めたきっかけについて
書いていきます。
▼ 次の記事
個別指導を検討し始めたきっかけ

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