破綻していたわけではないが
教育費のピークについて考えてみると、
向き合わざるを得なくなるのが、
「では、その間の家計はどうなっていたのか」
という問いでした。
中学受験をしていた数年間、
家計が破綻していたわけではありません。
かといって、
余裕があったとは言えません。
振り返ってみると、
「うまくやりくりしていた」というより、
「考える余裕がないまま走っていた」
そんな状態に近かったように思います。
毎月の支出は、少しずつ形を変えていった
中学受験期の家計は、
ある月だけが極端に苦しい、というよりも、
毎月の支出構成が少しずつ変わっていく感覚でした。
もちろん講習などの季節的な出費は毎年あり、
その月はだいぶ負担感があります。
小4の頃は、
塾代に加えて、
習い事の費用も重なっていました。
小5に入ると、
習い事を減らした代わりに、
塾代と講習費が前面に出てくる。
小6では、
個別指導の月謝が固定費として重くなり、
家計の中で
「教育費」が占める割合は、
はっきりと見える存在になっていました。
ただ、その変化は、
一気にではなく、
段階的でした。
「この月はいくらかかるか」だけを見ていた
当時の家計管理を振り返ると、
長期の見通しを立てていたとは言えません。
見ていたのは、
「今月はいくら必要か」
「来月の講習はいくらか」
その程度でした。
数年単位で、
教育費がどう推移していくか。
中学進学後、
さらにどれくらいかかるか。
そうしたことを、
冷静に整理する余裕は、
ほとんどありませんでした。
というより、
見てしまうと不安になるから、
あえて考えないようにしていた部分も
あったのだと思います。
毎月の収入だけで回っていたわけではなかった
正直に言えば、
毎月の生活費の中だけで、
教育費をすべて賄えていたわけではありません。
講習費が重なる月や、
一時的に支出が増える時期には、
ボーナスや、
それまでに積み立てていた分に
手を伸ばすこともありました。
それを
「計画的だった」と言えるほど、
整理して考えていたわけではありません。
ただ、
受験期の数年間は、
そういう形で補いながら進む前提に、
いつの間にかなっていた。
「もうやるしかないよね」
「将来のことは将来考えよう」
よく妻とそんな話をしていました。
家計を圧迫していたのは「金額」だけではなかった
家計が苦しかった理由は、
単に支出額が大きかったから、
というだけではありません。
教育費は、
削りにくく、
先送りもしにくい。
「今月は少し抑えよう」
という判断が、
ほとんどできない支出でした。
そのため、
調整できるのは、
食費や日用品、
外食やレジャーといった部分になります。
結果として、
生活全体が
じわじわと締まっていく。
その感覚が、
長く続いていたように思います。
それでも「何とか回っていた」理由
それでも、
家計が破綻することなく、
受験期を乗り切れたのは、
いくつか理由がありました。
一つは、
塾代が突然跳ね上がるのではなく、
段階的に増えていったこと。
もう一つは、
習い事をやめたことで、
支出の置き換えが起きていたこと。
そして何より、
「この期間は教育費が重くなる」
と、どこかで覚悟を決めていたことが
大きかったように思います。
余裕はないが、
想定外でもない。
その状態だったからこそ、
何とか回っていたのだと思います。
まとめに代えて
中学受験家庭の家計は、
華やかでもなく、
悲惨でもなく、
ただ現実的でした。
余裕はない。
けれど、破綻しているわけでもない。
先のことを考える余裕はないが、
目の前の支払いは何とかできている。
そんな状態で、
数年間を走っていた。
それが、
我が家の実態でした。
次の記事では、
こうした家計状況の中で、
「これは削ってよかった」と
あとから思えた支出について、
振り返ってみたいと思います。

コメントを残す