集団塾が合わなかった兆候|長期的な成績が見える前に起きていたこと

集団塾の構造として感じた「ズレ」

いま振り返ると、
集団塾が合わなかった兆候は、
成績で長男の立ち位置がはっきりしてくる
もっと前からあったのだと思います。

ただ当時の私は、
それを「兆候」として気づくことができませんでした。

成績が下がったわけでもなく、
例えば塾に行ってくると言って公園にいるとか
塾の先生から授業態度について連絡があるといった
明確なトラブルがあったわけでもない。
それでも、日々の生活の中で
小さな違和感だけが、少しずつ積み重なっていきました。

この記事では、
成績や偏差値の話はしません。

長期的な成績で状況が見えてくる前に、
家庭の中で起きていたこと、
集団塾の構造として感じていたズレについて、
当時の感覚をそのまま書いてみたいと思います。

集団塾が前提としていた「家庭フォロー」

集団塾に通い始めて最初に感じたのは、
「家庭である程度フォローできること」が
前提になっている、ということでした。

授業はテンポよく進み、
細かい確認や立ち止まりはほとんどありません。

分からなかったところは、
「家でやってきてね」という空気が、
当たり前のようにありました。

ただし、塾は「親御さんは教えないでください」
と言います。
塾で教える「型」があるので、
それとは別の教え方をするのは
長期的によくないという理由でした。

最初は、
「そういうものなんだな」と思っていました。

とはいえ
日々の生活の中でその前提をこなそうとすると、
少しずつ無理が生じていきました。

学習スピードと「置いていかれる感覚」

授業のスピードは、想像していた以上に速く感じました。

一度つまずいても、
そのまま次の単元へ進んでいく。

「ここが分からない」と立ち止まる余地は、
ほとんどありません。

分からないままでも、
授業は進み、
次の宿題が出される。

本人は一生懸命ついていこうとしていましたが、
表情からは、
少しずつ余裕が消えていくのが分かりました。

それでも、
まだ長期的な「成績」という形では伸びているのかそうでないのかわからない。

だから、
この感覚を問題だと判断することができませんでした。

宿題量そのものより「終わらない前提」

よく言われるように、
宿題の量は確かに多かったです。

ただ、
大変だったのは量そのものよりも、
「終わらないことを前提に、次が始まっていく」
その構造でした。

昨日の宿題が終わっていなくても、
今日は今日の授業がある。

理解が追いついていなくても、
次の単元に進む。

「家庭では教えないように」と言われても
なんとかついていくために私や妻がフォローする。

宿題であれば、塾の解き方をなぞって問題がないよう教える。
予習であれば、塾で配られたタブレットの動画を
親が見つつ教える。

そうして、なんとか回し続けるような状況でした。

この「回し続ける感じ」が、
じわじわと負担になっていきました。

親が関わるほど、親子関係が歪む感覚

家庭でのフォローは、
少しずつ親の役割を変えていきました。

教えなければ回らない。
教えないと置いていかれる。

そう思うほど、
関わる時間は増えていきます。

でも、
関われば関わるほど、
親子の空気は重くなっていきました。

勉強そのものより、
「やる・やらない」を巡るやり取りが増え、
家の中が落ち着かなくなっていく。

この時点では、
まだ成績の話ではありません。

ただ、
「このやり方でいいのだろうか」
という感覚だけが、
心のどこかに残っていました。

当時は「合わない」と判断できなかった理由

それでも当時の私は、
「集団塾が合わない」と
判断することはできませんでした。

理由は単純です。

まだ結果が出ていなかったから。
周りも同じように通っていたから。
そして、
やめる理由を説明できるほどの材料がなかったから。

「もう少し様子を見よう」
その言葉を、何度も自分に言い聞かせていました。

まとめに代えて

この時点では、
集団塾をやめるという判断には至っていません。

ただ、
成績とは別のところで、
違和感だけが静かに積み重なっていきました。

それが、
後になって振り返ったとき、
「兆候だったのかもしれない」と
思えるようになった、というだけです。

次は、
この違和感が、
特に算数という教科で
どのように表れていったのかを、
もう少し具体的に書いてみたいと思います。

▼算数だけが極端に苦しくなっていった理由

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