わからないからやりたくないが増えていった|算数への向き合い方が変わり始めた頃

急に勉強を放棄したというわかりやすい変化ではない

家庭で教えても、
思ったようには追いつかない。

そんな状態が続く中で、
少しずつ、
長男の算数への向き合い方が
変わっていきました。

それは、
急に勉強を放棄した、
というようなわかりやすい変化ではありません。

ただ、
「できない」という言葉が、
以前よりも
口に出るようになっていきました。

「できない」が、先に立つようになった

以前は、
「とりあえずやってみる」
という姿勢がありました。

わからなくても、
手を動かしてみる。
途中で止まっても、
考えようとする。

けれど、
この頃から、
問題を見る前に
「できない」
と言うことが増えていきました。

単純な計算問題なら解き始める
でも、塾で配られたテキストを開いて
文章題や応用だと
見ただけで嫌そうな表情を浮かべる。

算数に取りかかる前から、
気持ちが止まっている。
そんな印象を受けることが、
少しずつ増えていきました。

解き始めるまでに、時間がかかるようになった

机には向かう。
テキストも開く。

でも、
そこから先に進まない。

鉛筆や消しゴムで10分以上手遊びをしている
時計を何度も見て、落ち着かない
トイレなどでしばしば席を立つ

以前なら、
数分で書き始めていたはずの問題に、
なかなか手がつかない。

「まずは1問だけやろう」
と声をかけても、
反応は鈍い。

やる気がない、
というより、
どう始めればいいのか
わからなくなっているように見えました。

注意や声かけが、逆効果になることもあった

「わからなかったらとりあえずとばしていいよ」
「ここは前にもやったところだからテキストを見返してみたら」

そうした声かけも、
以前ほどは
うまく機能しなくなっていきました。

聞こえていないようなそぶりをする。
「わかってるから」「いまやろうとしてた」
と突き放される。

励ましているつもりでも、
長男にとっては
「できていないことを指摘されている」
ように感じられていたのかもしれません。

算数の時間が、
重たいものになっていきました。

「できない」は、怠けではなかった

この頃、
「できない」という言葉を聞くたびに、
親としては、
どう受け止めればいいのか
迷いました。

ただ、
いま振り返ると、
それは
怠けや反抗ではなかったように思います。

算数以外の教科はむしろ息抜きのように進める。
「問題を出して」
覚えた喜びを
私や妻と共有したい気持ちが伝わってくる。

わからない。
わからないまま進んできた。
それが積み重なった結果として、
算数だけが
特別に重くなっていた。

そんな状態だったのではないでしょうか。

まとめに代えて

「できないから、やりたくない」
「だってできないもん」

こうした言葉が増えていったのは、
算数が難しくなったから、
という単純な理由ではなかったと思います。

わからない状態のまま、
進み続けなければならなかったこと。
立ち止まる余地が
ほとんどなかったこと。

それが算数への向き合い方を
少しずつ変えていきました。

算数に対する
心のブレーキが、
はっきりとかかり始めていた。

そんな時期だったのだと思います。

次の記事では、
こうした状況の中で、
「とにかく終わらせるために」
答えを写すようになっていったことについて、
振り返ります。

▼ 答えを写すようになったときのショック

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