何かを減らさなければならないと思った
算数以外の教科にも
無理が広がっていると感じ始めた頃、
私の中で
一つの考えが繰り返し浮かぶようになっていました。
「このままでは回らない」
ただ、
何をどう変えればいいのかは、
まだはっきりしていませんでした。
塾を変える、という判断には
まだ至っていない。
勉強のやり方をどう変えればいいかも
わからない。
けれど、
今の生活のままでは
どこかで間違いなく破綻する。
そう感じていたのは、
確かです。
まず思い浮かんだのは「時間をつくること」だった
当時、
長男はいくつかの習い事をしていました。
どれも、
本人が嫌がっていたわけではありません。
むしろ、
気分転換になっているものもありました。
それでも、
日々の様子を見ていると、
「時間が足りない」
という感覚が
どうしても拭えませんでした。
算数に時間がかかる。
国語・理科・社会も
最低限はやらなければならない。
その上で、
習い事がある。
1週間に、
余白がほとんどない。
「まずは時間を確保しよう」
そう考えるようになりました。
習い事をやめることへの迷い
習い事をやめる、
という選択は、
簡単ではありませんでした。
長男は習い事を三つしていました。
どれも本人が「やりたい」と言って続けてきたもの。
一つはもう5年以上。
ほかも2年ほど続けていました。
「まあ楽しいよ」
それぞれに対する長男の反応は
このような感じでした。
「これが一生続けるような趣味になれば」
という私たちの気持ちもありました。
中学受験をするから、
すべてを我慢しなければならない。
そういう考え方には、
はっきりと抵抗がありました。
一方で、
このまま続ければ、
勉強も習い事も
中途半端になる。
その可能性も、
見えていました。
話し合いの末に出した結論
最終的には、
長男と私たち両親で話し合いました。
「一つだけ残すか」
「時期を区切るか」
「今だけ休む、という形にするか」
いくつかの案を出しながら、
考え続けました。
そして、
まず、「勉強」に近い習い事をやめる。
区切りのいいタイミングで、
長く続けてきたものと、息抜きにもなっていたものの
二つもやめる。
という判断をしました。
受験が終わったら
もしくは
もう少し塾の予習復習に余裕が出たら
長男が望めば
再開しようという条件でした。
長男も
「習い事もあるとちょっと大変になっていた」
と話してくれました。
塾だけでなく、習い事も中途半端になっていることに
本人なりに葛藤があったのです。
習い事自体を楽しめなくなってきていたようです。
一時的には、確かに楽になった
習い事をやめると、
時間には余裕ができました。
習い事自体はそれぞれ週に1回
30分~90分程度です。
それでも移動の時間があるのでやはり負荷は高い。
平日と週末に
塾と習い事、どちらもない日ができました。
体力的にも、
気持ちの上でも、
一時的には楽になったと思います。
「これで少しは落ち着くかもしれない」
正直、
そんな期待もありました。
それでも、状況は大きく変わらなかった
ただ、
時間が増えたからといって、
すべてが解決したわけではありませんでした。
算数は、
相変わらず重い。
国語・理科・社会も、
余裕を持って取り組めるほどにはならない。
時間は確保できた。
けれど、
「回らない感じ」
そのものは、
消えなかったのです。
ここで初めて、
私の中に、
別の考えが浮かびました。
「問題は、時間だけではないのかもしれない」
まとめに代えて
習い事をすべてやめる、
という判断は、
当時の私たちなりに
考え抜いたものでした。
長男のそれまでの積み重ねとこれからを
断つ可能性もある
かなり重い決断だと
感じていました。
ただ、
それでも追いつかなかった。
この事実は、
後になって振り返ると、
とても重要だったように思います。
時間を増やせば解決する。
そういう問題ではなかった。
次の記事では、
習い事をやめてもなお続いた
「追いつかない感覚」が、
どのように
はっきりした形になっていったのかを、
振り返ります。

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