小5の1月。目標の学校まで偏差値は15足りない
集団塾をやめる決断をしたのは
まだ目標を大学附属中に置いていた
小5の1月のことでした。
毎月実施される模試では
目標とする大学附属中まで
偏差値でいえば15くらいの開きがある。
縮まる気配はなく
ただ時間が過ぎていく。
このままでいいのだろうか
という思いはずっとぬぐえずにいました。
成績以前に、苦しさが目につくようになった
そして、
集団塾に通い続ける中で、
成績以上に
気になるものがありました。
それは、
長男の様子です。
塾には通い続ける。
授業自体は楽しいという。
でも、宿題がなかなか終わらない。
白紙のままということも
次第に増えていきました。
特に算数ですが、
理解できていないまま単元が進み、
家でその単元をカバーしているうちに、
次の単元の予習が課さる。
追いつかないまま授業に臨む。
復習の宿題が出る。
結果、どちらも中途半端なまま。
次、次、次。
常に息継ぎができない状況で
いつしか宿題を開くことが
長男にとって苦痛なものに変わっていました。
親の私はというと、
宿題をしない状況は焦りにつながり、
ついつい厳しい言葉でやるように言ってしまう。
反発したり、泣いたり。
「この状態がずっと続くのはよくない」
「中学受験どころか、父子の関係まで壊れる」
そう言ってくれたのは妻でした。
「無理に無理を重ねる」も通用しなくなり
集団塾では、
一定のペースで授業が進みます。
それについていくために、
「無理に無理を重ねる」ことが
前提になっていました。
でも、
どれだけ長男が無理をして、
私が無理を強いても、
埋まらないズレがある。
努力不足ではなく、
やり方の問題ではないか。
そう感じる場面が、
増えていきました。
周囲と比べて、合わなさが浮き彫りになった
模試の成績によって
クラス替えは常にあります。
授業のペースに乗って上のクラスに行く
同じクラスの子もいる。
質問もできる。
復習も追いつく。
それに比べて、
長男はいつも
どこかで引っかかっている。
いつしか真ん中より下のクラスが定位置となり、
浮上はほぼなく、維持か下がるか。
比べるつもりはなくても、
差はどうしても
目に入ってしまいます。
塾を変えることへの抵抗
集団塾をやめる。
その選択肢は、
以前から
頭の片隅にはありました。
宿題をしない長男に
「もうやめる?」と言ったこともありました。
ただ、
ここまで
積み上げてきた時間や
「途中でやめる」ことへの引っかかり。
それらが、
判断を重くしていました。
「合わない」と認めることの難しさ
一番
難しかったのは、
「合わない」と
認めることだったと思います。
努力が足りないのではないか。
もう少し続ければ
どこかで軌道に乗るのではないか。
どこかで長男のスイッチが入れば。
夏期講習で復習をすれば
追いつけるのではないか。
そう考え続けることで、
判断を
先延ばしにしていました。
でも、
無理を続けることで、
失っているものも多い。
そう思うようになりました。
決断というより、受け止めだった
最終的に、
集団塾をやめると決めたとき。
それは、
思い切った決断というより、
現状を
私が受け止めた、
という感覚に近かったと思います。
できないことを
責めるのではなく、
合わない環境から一度離れる。
そのほうが、
前に進める気がしました。
まとめに代えて
集団塾をやめると
決めたのは、
続けることで
苦しさが増えていく状態を、
これ以上見過ごせなかったからです。
この判断が
正解だったかどうかは、
この時点では
まったく分かりませんでした。
ただ、
「合わない」と認めることで
次の一手を考えられるようになった。
いま振り返ると、
そう思います。
次の記事では、
集団塾をやめることに対して
感じていた不安や、
周囲の反応について
書いていきます。
▼ 次の記事
集団塾をやめるときの不安

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