「周りがやっているから」に流された失敗|判断の出発点がずれる

難関校を目指す家庭

教育費の判断を振り返ると、
「金額」より先に思い出すものがあります。

比較の感覚です。

いくら使ったか。
ではなく、
「周りはどうしているか」を気にしていた時期がありました。

SNSで見ていたのは、上位帯の景色だった

日常的に目に入ってくるのは、SNSの投稿でした。

模試の結果。
志望校の話。
併願戦略。

そこに並んでいたのは、難関校を目指す家庭の言葉でした。

偏差値帯でいえば、明らかに上位です。
SAPIXなどの模試で高偏差値を出している結果。
難関校を第一志望に据えている家庭。

投稿として表に出てくるのは、
そうした層が中心でした。

それが「普通」に見えていった

最初は、すごい家庭がいるものだと思って見ていました。

世界が違うとも感じていました。

見続けているうちに、感覚が変わっていきます。

難関校を狙うのが当たり前。
上位校を前提に話が進んでいる。

その空気に触れ続けるうちに、
基準が少しずつ上に引き上げられていきました。

難関校を狙う家庭がやっていること。

学習時間。
オプション講座。

本来は、長男の現状から考える必要がありました。

判断の出発点がずれていきました。

「このくらいはやるものなのか」
「ここまで積んでいるのか」

参考にしているつもりで、
基準を預けていたのだと思います。

迷った講座と、買ってしまった教材

オプション講座は迷いました。
費用も時間も重い。
子どもの負荷も見えていました。

迷った末、受講はしませんでした。

一方で、教材には手を出していました。

評判のいい問題集。
合格者が使っていたと紹介されている参考書。

SNSで名前を見かけ、書店で目にして、
気になってしまったのです。

使われなかった教材が積み上がった

買った教材のすべてが活用されたわけではありません。

本棚に並んだままの問題集。
数ページで止まった参考書。
難しすぎて合わなかったものもありました。

積んでいたのは学力ではなく、
不安の量だったのだと思います。

外に置きかけた判断基準

いま振り返ると、
一番大きな失敗は金額ではありません。

判断基準の位置でした。

志望校。
子どもの理解度。
家庭の方針。

そこに置いていたはずの基準を、
外にずらしてしまいそうになった。

自分たちの現在地とは関係のない情報に、
判断を引っ張られそうになっていました。

まとめに代えて

「周りがやっているから」

安心できる言葉に聞こえます。
遅れていないと感じられるからです。

その感覚に寄りかけた時期がありました。

いま思い返すと、
自分たちの基準を見失いかけていた時間でもありました。

教育費の判断は、比較の中では決まりません。

子どもの状況。
志望校との距離。
家庭の考え方。

そこに戻って考え直すことになります。

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教育費と成果は比例するのか|安心感と成果は別の場所に

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