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  • 偏差値より重視したポイント|進路としての「大学」が見えた学校

    偏差値より重視したポイント|進路としての「大学」が見えた学校

    偏差値を見るのはやめたわけではないが

    志望校を
    「実現可能なライン」に置き直してから、
    学校の見方は、さらに変わっていきました。

    偏差値を見ることを
    やめたわけではありません。
    ただ、
    それが判断の中心に
    居座ることはなくなっていました。

    では、
    最終的に何を重視するようになったのか。
    振り返ってみると、
    一番大きかったのは
    「その先が想像できるかどうか」
    だったように思います。

    中学受験を「大学までの途中」として考え始めた

    この頃から、
    中学受験を
    それ単体の勝負としてではなく、
    大学まで続く道の一つの区切りとして
    考えるようになっていました。

    偏差値の高い学校に入ることが
    ゴールなのではなく、
    6年間をどう使えるか。
    その先に、
    どんな選択肢が残るのか。

    そう考えると、
    学校を見る視点も
    自然と変わっていきました。

    進学実績の「高さ」より「厚み」が気になった

    進学実績についても、
    見方が変わっていました。

    最難関大学への合格者数を
    前面に出すかどうかよりも、
    どのあたりの大学に
    多くの生徒が進んでいるのか。

    それぞれの家庭で違いがあると思いますが、
    我が家では
    GMARCHあたりが
    一つのボリュームゾーンとして
    見えていることに魅力を感じました。

    それは、
    一部の突出した結果ではなく、
    多くの生徒が
    6年間の積み上げの中で
    到達している結果だと
    感じられました。

    「中堅校でも、ここから先を伸ばせる余地がある」
    そう思えたことは、
    大きなポイントでした。

    高校以降の学び方が見えていたこと

    もう一つ、
    印象に残っているのは、
    大学受験を見据えた
    指導の仕組みでした。

    高校段階で、
    外部の予備校と連携した指導を受けられる。
    必要に応じて、
    学校の外のリソースも
    使えるようになっている。

    学校の中だけで
    すべてを完結させるのではなく、
    状況に応じて学び方を選べる余地がある。

    その柔らかさが、
    これから先の6年間を考えたときに、
    現実的に感じられました。

    学校生活を「楽しめる」イメージがあった

    勉強以外の部分も、
    無視できませんでした。

    部活動や行事を含めて、
    長男が
    学校生活そのものを
    楽しんでいる姿が想像できたかどうか。

    説明会や話を聞く中で、
    「ここなら、勉強だけで追い詰められることはなさそうだ」
    そんな感覚がありました。

    受験で疲れてきた時期だったからこそ、
    この点は思っていた以上に
    大きかったのかもしれません。

    偏差値は、最後の確認事項になっていた

    こうして振り返ると、
    偏差値は
    完全に無視したわけではありません。

    ただ、
    最初に見るものではなく、
    最後に大きなズレがないかを
    確認するための指標になっていました。

    進学実績の厚み。
    高校以降の学び方。
    学校生活のイメージ。

    それらを重ねた上で、
    「この偏差値帯なら、無理はない」
    そう確認する。

    偏差値の位置づけが、
    いつの間にか変わっていたのだと思います。

    まとめに代えて

    偏差値より重視したポイントは、
    一言で言えば、
    「その先まで含めて無理なく続けられるか」
    でした。

    中学受験をゴールにしない。
    6年間の時間をどう使えるかを見る。

    そう考えたとき、
    自然と残った学校がありました。

    この選び方が
    正しかったのかどうかは、
    いまでもわかりません。

    ただ、
    少なくとも焦りや背伸びではなく、
    前を向いて選べた。

    それは、
    大きな変化だったように思います。

    次の記事では、
    こうして判断軸が定まったあと、
    成績や家庭の空気に
    どんな変化が出てきたのかについて
    書いていきます。

    ▼ 次記事
    成績が伸び始めたときの家庭の変化|焦りが少しずつ薄れていった頃

  • 志望校を最終決定したプロセス|実現可能なラインが言葉になったとき

    志望校を最終決定したプロセス|実現可能なラインが言葉になったとき

    「上を目指す」ことよりも「どこなら向き合えるか」

    小6の夏前、
    志望校についての考え方は、
    すでに大きく変わっていました。

    偏差値65以上の中学、大学附属中といった
    「上を目指す」ことよりも、
    「どこなら向き合えるか」を考える。
    その感覚は、
    これまで積み重なった模試の結果を前に
    私たちの中に芽生えていました。

    この時期にやっていたのは、
    志望校を新しく決めることではありません。
    頭の中にあったラインを、
    現実に合わせて固定していく作業でした。

    個別指導で積み上がってきた「基礎」という手応え

    個別指導に切り替えてから、
    算数を中心に、
    基礎が少しずつ積み上がってきている実感はありました。

    以前のように、
    わからないまま置き去りになる単元は減り、
    「ここは理解できている」
    「ここはまだ弱い」
    その輪郭が、はっきりしてきていました。

    塾との面談でも、
    同じ認識が共有されていました。

    「いまは基礎と解き方を頭に入れているところ」
    「それをうまく使いこなすことができれば殻を破れる」
    という言葉がありました。

    今の学習ペースであれば、
    基礎を中心とした出題の学校であれば、
    十分に勝負できる可能性がある。

    国語と算数の2科目受験。
    あるいは、
    理科・社会を含めた4科目受験でも、
    基礎重視の学校であれば対応できる。

    そうした学校像が、
    具体的な言葉として出てくるようになっていました。

    「それ以上」は、夏以降に判断するという整理

    一方で、
    それ以上の偏差値帯の学校については、
    はっきりとした線引きもありました。

    応用や難問を前提とする学校については、
    いま無理に判断する必要はない。
    夏以降の学習の積み上げを見てから、
    改めて考えればいい。

    塾からそう言われたとき、
    不思議と、
    大きな抵抗はありませんでした。

    それは、
    上を完全に諦めたということではなく、
    「判断する時期を先送りにした」
    という感覚に近かったと思います。

    この夏前の段階では、
    無理に広げず、
    いま積み上がっている基礎が
    そのまま生きる学校を
    志望校の中心に置く。

    その整理が、
    ようやく腑に落ちました。

    「無理のなさ」が言葉になった

    その時期までに訪ねた
    中堅校の説明会で感じていた
    「無理がない」という感覚。

    極端な背伸びをしなくても、
    6年間を過ごす姿が思い描ける。

    その感覚が、
    この時期、
    塾とのすり合わせを通じて
    「実現可能なライン」という言葉に置き換わっていきました。

    妥協ではない。
    逃げでもない。

    いまの成績、
    いまの学習ペース、
    そして長男の様子。

    それらをまとめて見たときに、
    大きな歪みが出ない位置。

    志望校は、
    その位置に置くものなのだと、
    ようやく整理できた気がします。

    「決めた」というより「動かさなくなった」

    この頃には、
    志望校について、
    あれこれ揺れ動くことは少なくなっていました。

    強い確信があったわけではありません。
    ただ、
    「ここから大きく動かす必要はない」
    そう感じられる位置に、
    自然と落ち着いていました。

    志望校を
    最終的に決めた、というよりも、
    ここに置いたラインを
    動かさなくなった。

    それが、
    この時期の実感に近いと思います。

    まとめに代えて

    志望校を最終決定したプロセスは、
    一つの決断というより、
    調整と確認の積み重ねでした。

    基礎が積み上がってきたこと。
    その基礎が生きる出題の学校があること。
    それ以上は、夏以降に判断すればいいという整理。

    それらがそろったとき、
    「実現可能なライン」は、
    ようやく揺れなくなりました。

    次の記事では、
    志望校を「実現可能なライン」に置いたあと、
    偏差値そのものよりも、
    どんな点を重視して学校を見ていくようになったのか。
    最終的な判断につながった視点について書きます。

    ▼ 次記事
    偏差値より重視したポイント|進路としての「大学」が見えた学校

  • 小6の夏に一番焦った理由|志望校との距離を意識し始めた頃

    小6の夏に一番焦った理由|志望校との距離を意識し始めた頃

    志望校のイメージが揺れて

    家庭学習のやり方を整え始めた頃、
    気持ちが落ち着いたかと言われると、そうではありませんでした。

    やるべきことは見えてきた。
    土台を作る時間だということも、頭ではわかっている。
    それでも、小6の夏前に入ったあたりから、
    焦りが大きくなるような感覚がありました。

    この時期は、志望校のイメージが揺れ始めた時期とも重なります。
    上を見ていた頃の感触が薄れ、
    現実的なラインを意識せざるを得なくなる。
    その変化が、焦りの輪郭をはっきりさせていったように思います。

    算数で見えてきた「時間の足りなさ」

    算数については、土台を作っている実感がありました。
    以前のように、わからないまま進んで崩れていく感じは減っている。
    個別指導で基礎を固め直している意味も、納得できていました。

    ただ、首都圏模試を受けるたびに、
    結果が思うように出ないことが続きました。

    点数そのものよりも、
    解ける問題と解けない問題の境目が、くっきりしてしまう。
    少しひねられただけで手が止まるところが、まだまだ多い。
    そういう現実が、何度も目に入ってきました。

    このペースで基礎を積み上げていったとして、
    応用や難問に本格的に取り組む時間が、どこに残るのか。
    その見通しが立たないことが、じわじわ怖くなっていきました。

    そして、難度の高い試験がある学校に対しては、
    「届く・届かない」以前に、
    そこへ向かうための時間が見えない。
    そんな感覚になっていったのを覚えています。

    社会の「公民ゼロ」が刺さってきた

    焦りは算数だけではありませんでした。
    社会のほうが、別の意味で急に現実味を持って迫ってきました。

    地理と歴史は、5年生までに一通り触れてはいます。
    完璧に覚えているわけではないにせよ、
    見覚えのある言葉や流れは残っていました。

    一方で、公民の要素については、ほぼ知識がゼロでした。
    模試で公民の分野が出たとき、
    「なにこれ」
    「全然知らない」
    公民にさわっていなかったことに気づいていなかった。
    それを夏前のいま知った。
    急に怖くなりました。

    「このまま夏に入っていいのか」
    焦りの中に、そんな問いが混ざり始めたのがこの頃です。

    塾と「実現できるライン」をすり合わせ始めた

    この時期から、塾とも志望校について話す機会が増えていきました。
    以前のように、ふわっとした希望を置くのではなく、
    今の理解度や模試の結果を踏まえて、
    「実現できるレベル」をすり合わせるようになっていきました。

    そこで話題になるのは、
    どこが第一志望か、という言い方よりも、
    どんな出題の学校なら積み上げが届きそうか、という感覚でした。

    難問や奇問が前提の学校に向けて、
    応用の訓練を重ねていく道筋が見えない。
    それなら、基礎を固めたうえで、
    少し応用が乗るくらいの出題で勝負できる学校を考えたほうがいい。
    そういう話を、少しずつ、現実の言葉として交わすようになっていきました。

    その過程で、志望校のイメージが、
    中堅校へと置き直されていったのだと思います。

    まとめに代えて

    小6の夏前に一番焦った理由は、
    勉強法が分からないからではありませんでした。

    土台を作っている手応えはあるのに、
    模試の結果がついてこない。
    このまま進んだ先に、
    応用や難問に向き合う時間が残るのかが見えない。

    さらに、社会では公民がほぼ手つかずで、
    焦りの種類が増えていく。

    その結果、
    志望校との距離を、はっきり意識せざるを得なくなりました。
    この距離感が、次の段階の話につながっていきます。

    次の記事では、
    この夏前の焦りを抱えたまま、
    志望校をどう最終決定していったのか、
    そのプロセスを書きます。

    ▼ 次記事
    志望校を最終決定したプロセス|実現可能なラインが言葉になったとき

  • 家庭学習のやり方を変えた話|塾以外でできることを探し始めた頃

    家庭学習のやり方を変えた話|塾以外でできることを探し始めた頃

    気がつけば小6の夏前に

    個別指導に切り替えてから、
    しばらくは塾の進め方に身を委ねる形で過ごしていました。

    気がつけば、
    個別指導を始めてから4か月ほどが経ち、
    季節も小6の夏前に差しかかっていました。

    「個別指導は続けるとして、
    家庭ではなにができるだろうか」
    そんなことを考えていた時期だったと思います。

    算数は、基礎をもう一段下から

    まず手を入れたのは、算数でした。

    個別指導では、
    それまでにつまずいてきた単元を中心に、
    基礎を丁寧に固め直してもらっていました。

    その流れを見ていて、
    家庭でも同じ方向を向いたほうがいいのではないか、
    そう感じるようになりました。

    そこで、
    基礎を固めることに特化した問題集を一冊選び、
    家庭学習ではそれを進めることにしました。

    それ以外は触らない。
    この時点では、
    応用問題や難問に取り組むことは考えていませんでした。
    それは、
    できないから避けたというよりも、
    扱う段階ではないと感じていたからです。

    ただし、
    一つだけ強く意識していたのは、
    個別指導の進みを邪魔しないことでした。

    家庭で課す勉強が増えたことで、
    塾での集中力が落ちたり、
    負担が大きくなったりしないよう、
    量やペースはかなり控えめにしていました。
    できるときに、できる範囲で。
    それを基本としていました。

    国語は、無理に広げない

    国語についても、
    算数と同じように考えていました。

    新しいことを増やすよりも、
    いま向き合っている文章に、
    丁寧に取り組めているかどうか。

    家庭では、
    無理に演習量を増やすことはせず、
    どちらかと言えば「作業」である
    漢字や四字熟語など言葉の問題だけやることにしました。

    こちらもコツコツとやれるときに
    少量ずつ覚えていくことを重視していました。

    理科は、塾に任せることにした

    この頃には
    個別指導では理科の授業も始まっていました。

    理科については、
    家庭であれこれ手を出さず、
    塾に一切を任せる方針をとることにしました。

    算数との関連もあり、
    知識の整理や理解の順序を、
    自分たちで判断するのは難しいと感じていたからです。

    家庭では、
    「今日は何をやったのか」を聞く程度で、
    復習や先取りは、
    特に意識して行いませんでした。

    社会は、思い出す程度に

    社会については、
    以前、集団塾で使っていたテキストを、
    時折見返すくらいにしていました。

    新しく覚え直すというよりも、
    一度は触れた内容を、
    書きながら思い出す。

    それ以上のことは、
    この時期には求めていませんでした。

    まとめに代えて

    この頃の家庭学習は、
    「増やす」ことよりも、
    「重ねすぎない」ことを意識していました。

    塾で進んでいる内容と、
    家庭でやっていることが、
    同じ方向を向いているかどうか。

    その一点だけを見ながら、
    少しずつ形を整えていった、
    そんな時期だったように思います。

    まだ、
    これで正しいのかどうかは分かりませんでした。
    ただ、
    家庭なりのやり方を決めた、
    その一歩目でした。

    次の記事では、
    こうした取り組みを続ける中で、
    小6の夏に一番焦った理由について書きます。

    ▼ 次記事
    小6の夏に一番焦った理由|志望校との距離を意識し始めた頃

  • 個別指導で見落としていた点|あとから気づいた小さなズレ

    個別指導で見落としていた点|あとから気づいた小さなズレ

    安心感の半面で

    個別指導に切り替えてから、
    何かが崩れた、という感覚はありませんでした。

    むしろ、
    一つひとつを丁寧に見てもらえている安心感はあり、
    「これでいい」と思いながら進んでいた時期のほうが長かったと思います。

    ただ、時間が経つにつれ、
    「この部分は見落としていたな」と
    あとから気づいた点はいくつかありました。

    今回は、
    個別指導そのものを否定する話ではなく、
    当時は気づきにくかった小さなズレについて振り返ります。

    相性は、選べるものではなかった

    通っていたのは、
    小規模な塾でした。

    先生の人数も限られていて、
    「この中から選ぶ」というよりは、
    「この先生にお願いする」という形に近かったように思います。

    当時は、
    それを特に問題だとは感じていませんでした。
    個別指導なのだから、
    合わなければ調整してもらえるだろう、
    そんな気持ちもありました。

    ただ、いま振り返ると、
    相性の部分は、
    ある意味で賭けに近かったのだと思います。

    良くも悪くも、
    他と比べようがない。
    「合っているのかどうか」を測っても、
    どこまで調整してもらえるかわからなかった。

    合っていると思いたい部分もあり、
    実際にこちらから調整を申し出たことはありませんでした。

    外の世界が見えなくなっていた

    個別指導に切り替えてから、
    他の受験生の様子が、
    ほとんど見えなくなりました。

    集団塾のように、
    同じ教室で多くの子と学ぶわけではない。
    休み時間に、
    志望校や模試の話を聞くこともない。

    その結果、
    多くの子がどのあたりを目指していて、
    どのくらいの進度で進んでいるのか。
    そうした外の情報が、
    自然と入ってこなくなっていました。

    落ち着いて学べる一方で、
    自分たちの立ち位置は
    見えにくくなっていた。
    それは、後になって
    少し不安につながる要素だったように思います。

    現在地が測れないもどかしさ

    もう一つ、
    はっきりとデメリットと感じたのは、
    模試との距離感です。

    私たちの選んだ個別指導は、
    模試に合わせて進度が組まれているわけではありませんでした。
    日々の理解を優先するため、
    それ自体は自然なことです。
    また、塾独自の模試もありません。

    だから、塾外である模試を受けたあと、
    結果をどう受け止めればいいのか。
    その整理が、
    とても難しくなっていました。

    塾の中での手応えと、
    模試の結果は、
    必ずしもつながらない。

    「いま、どの位置にいるのか」
    「届きそうなのか、まだ遠いのか」
    その現在地が、
    はっきり測れない歯がゆさを、
    何度か感じていました。

    まとめに代えて

    これらは、
    個別指導を選んだからこそ感じた、
    小さなズレだったのだと思います。

    先生との相性を選びきれなかったこと。
    外の世界が見えにくくなっていたこと。
    模試と日々の学習が、
    うまく結びつかなかったこと。

    当時は、
    それを大きなズレとは思っていませんでした。
    ただ、
    「少し見落としていた点があった」
    その程度の感覚です。

    このズレに気づいたことが、
    その後の取り組み方を考える
    きっかけになっていきました。

    次の記事では、
    こうした小さなズレを感じながら、
    家庭学習のやり方を変えてみた話について書きます。

    ▼ 次記事
    家庭学習のやり方を変えた話|塾以外でできることを探し始めた頃

  • 個別指導の先生選びで重視した点|相性が見えにくかった理由

    個別指導の先生選びで重視した点|相性が見えにくかった理由

    近くなる先生との距離

    個別指導に切り替えると決めたあと、
    次に悩んだのは、
    「どの先生にお願いするか」という点でした。

    集団塾とは違い、
    個別指導では、
    先生との距離が一気に近くなります。
    だからこそ、
    相性の影響も大きくなる。

    ただ当時は、
    何を基準に選べばいいのか、
    正直よく分かっていませんでした。

    「教え方がうまい」だけでは測れなかった

    最初に頭に浮かんだのは、
    「経験豊富な先生」
    「教え方がうまい先生がいい」
    という考えでした。

    個別指導を選んでいるとき
    ネットでは
    プロしかいない
    学生やアルバイトは心配
    という言葉が並んでいました。

    うちもその前提はありました。

    経験豊富な先生であれば
    引き出しから、
    長男にあった教え方や解き方を出してくれるのではないか。
    そんな思いです。

    ただ、実際に授業を見聞きする中で、
    それだけでは足りない気がしてきました。

    そもそも親が隣について
    授業を聞けるわけではないので、
    どこまで教え方がうまいかはわかりません。

    長男も毎回理解して帰ってくるわけではないので、
    こちらには判断がつかない。

    「わかったふり」をしたまま、
    時間だけが過ぎていく。
    そんな場面が、
    頭をよぎることもありました。

    子どもが言葉を出せる空気かどうか

    個別指導では、
    子どもが言葉を出せるかどうかが、
    大事だと感じていました。

    先生が問いかけたときに、
    答えがすぐ返ってこなくても待てるか。
    考えている途中の、
    不完全な言葉を受け止めてくれるか。

    長男は、
    自分の考えをまとめるのに時間がかかるタイプでした。
    だからこそ、
    沈黙が許される空気かどうかは、
    気になっていました。

    厳しさが必要なのか、安心感が必要なのか

    先生のスタンスについても、
    迷いはありました。

    はっきり指摘してくれる先生のほうがいいのか。
    それとも、
    まず安心させてくれる先生のほうが合うのか。

    当時は、
    どちらが正解なのか分かりませんでした。

    ただ、
    集団塾で追われ続けていた時期を思い返すと、
    「これ以上、追い立てられないこと」のほうが、
    今は大事なのではないか。
    そんな感覚は、
    どこかにありました。

    親が見て安心できるかどうか

    もう一つ、
    親が見ていて安心できるかどうかも、
    気になっていました。

    先生との関係が、
    緊張や恐怖ではなく、
    会話として成り立っているかどうか。

    それを確認しながら、
    「この先生なら大丈夫かもしれない」と
    感じていったように思います。

    相性は、すぐにはわからなかった

    ただ、
    こうして振り返って言葉にすると、
    いかにもわかって選んだように見えるかもしれません。

    実際には、
    最初から相性がはっきり見えたわけではありませんでした。

    何回か授業を重ねて、
    少しずつ様子が分かってきます。

    時折ある面談でも
    塾長や担当の先生が
    長男の塾での様子やどう教えているか
    を私にも説明してくれました。
    それが長男の受け止めと一致しているかどうか。

    そうした過程で、
    「違和感が減っているかどうか」を
    見ていたように思います。

    相性は、
    チェック項目で判断できるものではなく、
    時間の中で、
    にじむように見えてくるものだったのかもしれません。

    まとめに代えて

    個別指導の先生選びは、
    正解を探す作業というより、
    違和感が大きくならないかを
    確かめ続ける時間だったように思います。

    当時は、
    それを「選び方」として
    整理できていたわけではありません。

    ただ、
    子どもが言葉を出せているか。
    授業のあと、
    家庭の空気が重くなっていないか。

    そんな小さな感触を、
    一つずつ確かめながら、
    進んでいたのだと思います。

    次の記事では、
    個別指導の見落としていた点について、
    実際に感じた「うまくいかなかった場面」を
    振り返ります。

    ▼ 次記事
    個別指導で見落としていた点|あとから気づいた小さなズレ

  • 個別指導が合う子・合わない子|切り替えて分かったこと

    個別指導が合う子・合わない子|切り替えて分かったこと

    誰にでも当てはまるわけではないけれど

    小6で個別指導に切り替えてから、
    家庭の中では、少しずつ落ち着きが戻ってきました。

    ただ同時に、
    「これは誰にでも当てはまる話ではないのかもしれない」
    そんな感覚も、頭のどこかにありました。

    個別指導は、
    合えば大きな助けになります。
    一方で、
    合わない子も確かにいると思います。

    今回は、
    実際に切り替えてみて感じた
    個別指導が合う子・合わない子の違いについて、
    当時の実感をもとに整理してみます。

    「わからない」を言葉にできるかどうか

    一番大きいと感じたのは、
    「わからない」を言葉にできるかどうかでした。

    個別指導では、
    わからないところがそのまま表に出ます。
    集団の中のように、
    なんとなく流して進むことができません。

    わからないことを言いたくない、
    という子もいると思います。

    というのも、長男も集団塾に通っていた頃は、
    家ではわからないことを
    言いたくない状態になっていたからです。

    わからないことを悟られたくない。
    わからないことは恥ずかしい。

    そんな考えがあったのだと思います。

    個別指導では黙っていると、
    授業そのものが止まってしまう。
    だからこそ、
    「ここがわからない」と言えることが、
    前提条件になります。

    逆に言えば、
    それを言葉にするのが極端に苦手な子には、
    かなり負担になる場面もあるように感じました。

    自分のペースを受け入れられるか

    個別指導では、
    周囲との比較がほとんどありません。

    誰かより早い、遅い、という話は出てこない。
    その代わり、
    「自分はここでつまずいている」
    という現実だけが、はっきり見えてきます。

    この状況を、
    「安心」と感じる子もいれば、
    「不安」や「焦り」と感じる子もいる。

    長男の場合は目標にする学校は
    「ここ」と決めているわけではなかった。
    だから
    「この時点でこれは達成していないと」
    という縛りも本人が持っていなかった。

    それも良し悪しがあると思います。
    ただ、長男の場合には、
    つまずいているところを埋めていくということが
    安心につながったのではないかと思います。

    自分のペースで進むことを
    前向きに受け止められるかどうかは、
    よく見て、場合によっては本人と話し合っていかないと、
    と感じていました。

    親の関わり方も影響していた

    もう一つ、
    後から強く感じたのは、
    親の関わり方も向き・不向きに影響するという点です。

    習熟度や進路希望にもよりますが、
    「絶対この学校に行かせたい」
    という希望が親側にあったとすると、

    個別指導での単元の進行状況や理解進度、
    宿題の正答率がとても気になると思います。

    集団塾よりも進度が遅くなっていたとすれば、
    焦ってより関与を強めることになりかねない。

    そうすると、子どもに以前以上のプレッシャーを
    与えてしまうかもしれないと感じていました。

    家庭側の受け止め方も、
    合う・合わないを左右していたように思います。

    まとめに代えて

    個別指導が合うかどうかは、
    学力や成績だけで決まるものではないと感じます。

    わからないと言葉にできる環境にできるか。
    親も焦らず進度に合わせることができるのか。

    いま振り返ると、
    こうした要素が重なったときに、
    初めて「合っている」と感じられるのだと思います。

    だからこそ、
    個別指導は万能ではないし、
    合わなかったとしても、
    それは失敗とは限らない。

    当時は、
    そこまで整理して考える余裕はありませんでしたが、
    少なくとも
    「合う・合わないは確実にある」
    ということは、
    実感として残っています。

    次の記事では、
    個別指導の先生選びで重視した点について、
    実際に迷ったポイントを振り返ります。

    ▼ 次記事
    個別指導の先生選びで重視した点|相性が見えにくかった理由

  • 小6で個別に切り替えてよかった点|不安の中で見え始めた変化

    小6で個別に切り替えてよかった点|不安の中で見え始めた変化

    「このやり方でいいのか」は続いた

    学習ペースを落とすことへの不安は、
    すぐに消えたわけではありませんでした。

    「このやり方でいいのか」
    「本当に間に合うのか」
    そんな問いは、
    小6に入ってからもしばらく続いていました。

    それでも、
    ある時期から少しずつ、
    これまでとは違う感触が出てきました。
    今回は、
    小6で個別に切り替えてよかったと感じ始めた点について、
    当時の感覚を中心に振り返ります。

    「わからないまま進まない」状態になった

    一番大きな変化は、
    わからないところを
    わからないままにしなくなったことでした。

    集団塾では、
    授業は次々と進んでいきます。
    理解できたかどうかに関係なく、
    次の単元、次の問題へ移っていく。

    個別指導では、
    その流れが一度、止まりました。

    理解があいまいなところは戻る。
    その場で聞き直すことができる。
    必要であれば、
    次に進まずその単元をもう一度教えてもらえる。

    この「立ち止まれる感覚」は、
    思っていた以上に大きなものでした。

    算数に対する拒否感が薄れていった

    算数に向き合う姿勢は、
    しだいに変わっていきました。

    以前は、
    問題を見る前から
    「わからない」「無理」と言うことが多かったのですが、
    個別に切り替えてからは、
    まずはどこまでできるかを考える姿勢が増えていきました。

    正解かどうかよりも、
    「どう考えたか」を聞かれる時間が増えたことが、
    影響していたのかもしれません。

    親としては、
    点数や進度ではなく、
    向き合い方が変わってきたことに、
    小さな安心を感じていました。

    家庭での空気が変わった

    家庭でのやり取りにも、
    変化がありました。

    以前は、
    宿題が終わらないことや、
    わからない問題をめぐって、
    親子で言い合いになることが多くありました。

    個別に切り替えてからは、
    すべての教科の宿題が出るわけではないので、
    まずは塾の宿題をする。
    そこでわからないところがあれば
    私に聞くという流れになり、
    無理を重ねることがほぼなくなりました。
    すると私も少し余裕を持って接することができる。

    家の中の空気は、
    少しだけ穏やかになっていたように思います。

    成績ではなく「兆し」を見ていた

    この時期、
    成績が大きく上がったわけではありません。

    模試の結果も、
    劇的な変化はありませんでした。

    それでも、
    以前とは違う「兆し」のようなものは、
    いくつか感じていました。

    問題を解こうとする。
    わからないところはごまかさず、
    本人もどこがわからないかが少しずつわかるようになってきた。

    この小さな変化が、
    後につながっていったようにも思います。

    まとめに代えて

    小6で個別に切り替えてよかった点は、
    目に見える成果よりも、
    学び方そのものが変わり始めたことでした。

    不安が消えたわけではありません。
    ただ、「そのまま崩れていくのでは」という不安は、
    少し薄れた気がしました。

    その程度の変化だったからこそ、
    当時は、
    それを「よかった」と言い切ることはできませんでした。

    この感覚がすべての子どもにあてはまるかはわかりません。
    次の記事では、
    個別指導が合う子・合わない子について、
    当時の実感をもとに書きます。

    ▼ 次記事
    個別指導が合う子・合わない子|切り替えて分かったこと

  • 学習ペースを落とすことへの恐怖|追いつけない現実の前で

    学習ペースを落とすことへの恐怖|追いつけない現実の前で

    「ついていけない」はなくなったけれど

    個別指導に切り替えてから、
    家庭の空気は少しだけ変わりました。
    算数の授業についていけない、という話は
    ほとんど長男の口からは出ませんでした。

    それでも、安心できたかと言われると、
    正直そうではありませんでした。
    むしろ、別の不安がじわじわと大きくなっていました。

    「このペースで、本当に間に合うのだろうか」
    そんな気持ちが、どうしても芽生えてしまう頃でした。

    ペースを落とす決断が、怖かった

    個別指導では、
    それまでの集団塾よりも明らかに進みが遅くなりました。

    単元を一気に進めるのではなく、
    わからなかったところに戻って確認する。
    一問ずつ、理解を確かめながら進む。

    やっていること自体は、
    「当たり前」に思える内容でした。
    ただ、受験学年を目前に控えた時期に、
    この進み方でいいのか、という不安は拭えませんでした。

    頭では必要だとわかっていても、
    心のどこかで
    「遅れている」「取り戻せていない」
    そんな焦りが残っていました。

    周囲と比べてしまう自分がいた

    集団塾に通っていた頃の感覚が、
    完全には抜けきっていなかったのだと思います。

    周囲はどんどん先に進んでいる。
    もう少しで6年生までの単元を一巡するという話が
    聞こえてくる。
    過去問も話題にのぼる。
    志望校も、具体的になっていく。

    その一方で、
    こちらは基礎に戻っている。
    もう一度、立ち止まっている。
    理科、社会、国語は手つかずで、
    家で市販の問題集をするくらい。

    「今さら戻って大丈夫なのか」
    「ここで時間を使ってしまっていいのか」
    「ほかの科目は?」
    当初から思っていたことも含め、
    そんな問いが、何度も頭に浮かびました。

    焦りの正体が分からなかった

    当時の私は、
    何に対して一番怖がっているのか、
    はっきりとは言語化できていませんでした。

    成績が上がらないことなのか。
    周囲に遅れを取ることなのか。
    それとも、
    ここまでやってきたことを否定することになるのか。

    ただ一つ言えるのは、
    「ペースを落とす=後退している」
    そんな感覚を、
    どこかで持っていたのだと思います。

    いま振り返ると、
    その感覚自体が、
    集団塾で染みついたものだったようにも感じます。

    長男の様子とのズレ

    不思議だったのは、
    長男はそこまで焦っていなかったことです。

    「ここがわかるようになった」
    そんな言葉が、何度か口から出ていました。

    親のほうが、
    受験スケジュールや周囲の進度を意識しすぎていた。
    そのズレが、
    余計に不安を大きくしていたのかもしれません。

    それでも当時は、
    その違和感をうまく受け止める余裕はありませんでした。

    まとめに代えて

    個別指導に切り替えたあと、
    学習ペースを落とすことへの恐怖は、
    確実に存在していました。
    受験の日から逆算して本当にこのペースで間に合うのか。

    必要だとわかっていることと、
    安心できることは、
    必ずしも一致しません。

    この時期は、
    「正しい選択をしたかどうか」ではなく、
    「不安とどう付き合っていたか」を
    強く覚えています。

    次の記事では、
    そんな不安を抱えながらも、
    小6で個別に切り替えてよかったと感じ始めた点について書きます。

    ▼ 次記事
    小6で個別に切り替えてよかった点|不安の中で見え始めた変化

  • 個別指導に転塾しても成績がすぐ伸びなかった話|想定内だった現実

    個別指導に転塾しても成績がすぐ伸びなかった話|想定内だった現実

    基礎から立て直すわけだから

    個別指導に切り替えたからといって、
    すぐに成績が上がるとは思っていませんでした。

    集団塾で積み残してきたものが多いことも、
    基礎から立て直す必要があることも、
    分かっていたつもりです。

    だから、
    最初の模試で
    劇的な変化が出なくても、
    驚きはありませんでした。

    それでも、
    いままでの歩みと、これからのことは考えてしまう。

    数字として結果を突きつけられると、
    やはり考えてしまうことはありました。

    最初の結果は「大きくは変わらなかった」

    個別指導に切り替えてから、
    しばらく経って受けた模試。

    偏差値は、
    大きく動いていませんでした。

    上がってもいないし、
    極端に下がったわけでもない。

    集団塾に通っていた頃と、
    連続した数字が並んでいる。
    そんな印象でした。

    「やっぱり、そう簡単にはいかない」

    その感想が、
    一番近かったと思います。

    想定内でも、揺れなかったわけではない

    頭では分かっていても、
    気持ちがまったく動かないわけではありません。

    個別にした意味はあったのか。
    このペースで間に合うのか。
    判断は正しかったのか。

    問いは、
    自然と浮かんできました。

    ただ、
    「失敗した」という感覚ではありませんでした。

    むしろ、
    「まだ途中だ」という感覚に近かったと思います。

    数字より先に、変わっていたもの

    模試の結果だけを見れば、
    変化は乏しかった。

    でも、
    日々の様子は、確実に違っていました。

    わからないところを
    わからないままにしない。

    途中で止まっても、
    その場で立て直してもらえる。

    授業を受けると、
    進捗、習熟度、取り組み姿勢、次回の単元などに加え、
    講師のコメントが書き込まれた紙を
    毎回、持って帰ってきます。

    これはとても大きかった。

    どの単元のどこにつまずいていたのか。
    いまそれをどうしようとしているのか。

    授業の都度、親も把握できるのです。

    全容が把握できず、
    この先についても暗中模索だった状況に、
    光が差したような気持ちでした。

    先生がロードマップを描き、
    この先を考えてくれている。

    家でのフォローが前提ではないということも、
    安心材料でした。

    長男も、
    ずいぶんと落ち着いたと思います。

    成績が動かない理由は、はっきりしていた

    個別指導でやっていたのは、
    先取りでも、詰め込みでもありません。

    戻ること。
    確認すること。
    基礎を固め直すこと。

    時間がかかるのは、
    当然だと思えました。

    だから、
    成績がすぐに伸びないこと自体は、
    想定内だったのです。

    「伸びない」のではなく、「いまは動かしていない」

    振り返ると、
    この時期は、
    成績を伸ばす段階ではなかった。

    伸ばすための準備を、
    している段階だった。

    数字を動かす前に、
    学習の形を整える。

    その工程を飛ばしてきたことが、
    これまでの苦しさにつながっていたのだと、
    改めて感じました。

    まとめに代えて

    個別指導に切り替えても、
    成績はすぐには伸びませんでした。

    でも、
    それは想定外ではなく、
    想定内の現実でした。

    この時点で、
    確かな手応えがあったわけではありません。

    ただ、
    無理を重ねていた状態からは、
    確実に離れつつあった。

    それだけは、
    はっきりしていました。

    次の記事では、
    個別指導に切り替えてから、
    家庭の空気は少しだけ変わりました。
    ただ「ペースを落として大丈夫か」という
    不安はありました。
    なぜそう感じたのかを書いていきます。

    ▼ 次の記事
    学習ペースを落とすことへの恐怖