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  • 単元が速すぎて理解が追いつかなかった現実|算数が最初に苦しくなった理由

    単元が速すぎて理解が追いつかなかった現実|算数が最初に苦しくなった理由

    立ち止まれないまま、次の単元へ

    算数が重くなっていった理由を振り返ると、
    最初に思い当たるのは、
    「単元の進み方」でした。

    算数が苦しくなったのは、
    難しい問題が解けなかったから、
    というよりも、
    理解が追いつく前に
    次の内容へ進んでいってしまったから。
    「また新しい単元なの?」
    と口に出てしまうこともありました。

    当時は、
    一つひとつの単元が、
    こんなにも短いスパンで
    次へ次へと切り替わっていくものだとは、
    正直思っていませんでした。

    集団塾の算数では、
    毎週のように新しい単元が出てきます。

    例えば、
    小4の終わり頃のことです。
    「鶴亀算」「弁償算」「約数の和」「互除法」
    これがおおむね2~3週間のうちに出てきます。
    親が見ていても
    「これはどうやって短期間に理解すればいいの」と感じました。

    授業は、
    まず予習ありきです。
    基本問題は塾で配られたタブレットで動画を見つつ家で解く。
    授業では、その単元の応用問題を中心に考え方や解き方を一通り学び、
    「次はこれ」という形で、
    すぐに別の内容に移っていきます。

    理解できたかどうかよりも、
    予定されたスケジュールが優先されているように
    感じることもありました。

    「分かったつもり」で進んでいく怖さ

    算数の単元は、
    授業中に解説を聞いていると、
    その場では
    「なんとなく分かった気がする」
    状態になりやすいものです。

    でも、
    いざ息子一人で解こうとすると、
    手が止まる。

    「授業で使った問題集では解けている。でも、家では解けない」
    「例題は分かるが、少し形が変わると分からない」
    といった状況が頻発します。

    それでも、
    授業は次に進みます。

    「分からなかった単元」を
    そのまま抱えた状態で、
    次の単元に入っていく。

    この積み重ねが、
    算数を少しずつ苦しくしていきました。

    前の単元が土台になるという現実

    算数は、
    前に学んだ内容が
    次の単元の土台になります。

    例えば、
    ある考え方が
    次の単元でも当然のように使われる。

    鶴亀算の基本がわかっていなければ
    弁償算は解けない。
    多角形の内角の和の算出方法を知らないと
    外角を求める図形問題は解けない。

    前が曖昧なままだと、
    後が一気に難しく感じられる。

    それでも、
    立ち止まって戻る時間はありません。

    算数は、
    追いつこうとすればするほど、
    差が広がっていくような感覚がありました。

    「いつか追いつくはず」と思っていた

    当時は、
    「今は分からなくても、そのうち慣れてくるだろう」
    そう思っていました。

    周りの子も同じように
    授業を受けているし、
    特別に遅れているわけではない。

    そう考えて、
    単元の進み方そのものを
    問題だとは
    なかなか認識できませんでした。

    けれど、
    後から振り返ると、
    算数では
    「分からないまま進む期間」が
    想像以上に長くなっていました。

    まとめに代えて

    算数が苦しくなった最初のきっかけは、
    単元そのものの難しさではなく、
    単元の進むスピードだったように思います。

    理解が追いつく前に
    次へ進んでいく。
    親の私からしても何個か前に何の単元をしていたかわからなくなるくらいでした。

    その状態が続くことで、
    算数は
    「頑張れば何とかなる教科」から、
    「常に追われる教科」へと
    変わっていきました。

    この時点では、
    まだ
    「算数が分からなくなっている」
    という自覚も、
    はっきりとはありませんでした。

    次の記事では、
    こうした単元の進み方の中で、
    宿題の量や内容が、
    どのように重なっていったのかを
    振り返ります。

    ▼ 宿題が終わらない毎日が始まった

  • 算数だけが極端に苦しくなっていった理由|最初に無理が表れやすい教科

    算数だけが極端に苦しくなっていった理由|最初に無理が表れやすい教科

    算数だけ明らかに重く扱いづらい

    集団塾に通う中で感じていた違和感は、
    いくつかありました。

    その中でも
    一番早く、そして最もはっきりと表れたのが、
    算数でした。

    成績を見て
    「算数がひどい」と判断した、
    という話ではありません。

    もっと手前の段階で、
    算数という教科だけが、
    明らかに重く、扱いづらいものに
    変わっていく感覚がありました。

    当時はそれを、
    「中学受験の算数は難しいから」
    「みんな同じように苦労しているはず」
    そんなふうに受け止めていました。

    もちろんその子その子によって
    得意不得意な科目はあると思いますから一概には言えません。

    けれどいま振り返ると、
    算数は、
    集団塾という環境の中で
    最初に無理が表に出やすい教科だったのだと思います。

    算数は「立ち止まれない教科」だった

    算数は、
    一つひとつの理解が積み重なっていく教科です。

    前の内容が曖昧なままでは、
    次の内容を理解することが難しい。
    数字の示す意味や文章の意味を理解しないと進めない。

    本来は、
    立ち止まりながら確認することが
    必要な教科でもあります。

    ただ、
    集団塾のカリキュラムの中では、
    算数もほかの教科と同じように
    一定のスピードで進んでいきます。

    一度つまずいても、
    授業は止まりません。

    この「止まれない構造」が、
    算数という教科と
    噛み合っていなかったように思います。

    理解より「進行」が優先される環境

    集団塾では、
    限られた時間の中で
    多くの内容を扱う必要があります。

    そのため、
    個々の理解度よりも
    全体の進行が優先されがちになります。
    どのレベルのクラスであってもその傾向は同様かと思います。

    これは塾の問題というより、
    集団指導という形式そのものが
    持っている性質だと思います。

    算数の場合、
    「分かったかどうか」が曖昧なままでも
    次に進めてしまう。

    その積み重ねが、
    気づかないうちに
    負担として蓄積されていきました。

    算数は家庭フォローの影響を受けやすい

    算数は、
    家庭でのフォローの影響を
    強く受ける教科でもあります。

    考え方や途中式、
    問題への向き合い方など、
    ちょっとしたズレが
    理解に大きく影響します。

    一方で、
    集団塾では
    「家庭では教えないでください」
    というスタンスが取られることもあります。

    家庭で支える必要がある一方で、
    関わり方には制限がある。

    この微妙なバランスが、
    算数では特に難しく感じられました。

    「分からない」が蓄積しやすい構造

    算数は、
    分からないところを
    そのままにしやすい教科でもあります。

    その場では何となく流れてしまい、
    後になって
    「あれが分かっていなかった」と
    気づくことも多い。

    しかも、
    分からない箇所が
    次の内容に直結するため、
    後から取り戻すのが
    簡単ではありません。

    この「分からないの蓄積」が、
    算数では
    特に起こりやすかったように思います。

    最初に表面化しただけだったのかもしれない

    算数が一番苦しくなったからといって、
    算数だけに問題があった、
    というわけではありません。

    むしろ、
    集団塾という環境の中で、
    最初に無理が表に出やすかったのが
    算数だった。

    そう考えたほうが、
    しっくりきます。

    当時は、
    「算数が苦手なのかもしれない」
    と受け止めていましたが、
    いま振り返ると、
    もっと大きな構造の問題が
    そこにあったのだと思います。

    まとめに代えて

    この時点では、
    まだ「集団塾をやめる」という判断には
    至っていません。

    ただ、
    算数を通して、
    集団塾の進め方や前提が、
    我が家には合っていないのかもしれない。

    そんな感覚が、
    少しずつ形を持ち始めていました。

    算数で起きていた具体的なことについては、
    次から、
    もう少しずつ分けて書いていきたいと思います。

    算数が苦しくなった最初の引き金は、
    実は「単元の進み方」そのものにありました。
    次の記事で振り返ります。

    ▼ 単元が速すぎて理解が追いつかなかった現実

  • 集団塾が合わなかった兆候|長期的な成績が見える前に起きていたこと

    集団塾が合わなかった兆候|長期的な成績が見える前に起きていたこと

    集団塾の構造として感じた「ズレ」

    いま振り返ると、
    集団塾が合わなかった兆候は、
    成績で長男の立ち位置がはっきりしてくる
    もっと前からあったのだと思います。

    ただ当時の私は、
    それを「兆候」として気づくことができませんでした。

    成績が下がったわけでもなく、
    例えば塾に行ってくると言って公園にいるとか
    塾の先生から授業態度について連絡があるといった
    明確なトラブルがあったわけでもない。
    それでも、日々の生活の中で
    小さな違和感だけが、少しずつ積み重なっていきました。

    この記事では、
    成績や偏差値の話はしません。

    長期的な成績で状況が見えてくる前に、
    家庭の中で起きていたこと、
    集団塾の構造として感じていたズレについて、
    当時の感覚をそのまま書いてみたいと思います。

    集団塾が前提としていた「家庭フォロー」

    集団塾に通い始めて最初に感じたのは、
    「家庭である程度フォローできること」が
    前提になっている、ということでした。

    授業はテンポよく進み、
    細かい確認や立ち止まりはほとんどありません。

    分からなかったところは、
    「家でやってきてね」という空気が、
    当たり前のようにありました。

    ただし、塾は「親御さんは教えないでください」
    と言います。
    塾で教える「型」があるので、
    それとは別の教え方をするのは
    長期的によくないという理由でした。

    最初は、
    「そういうものなんだな」と思っていました。

    とはいえ
    日々の生活の中でその前提をこなそうとすると、
    少しずつ無理が生じていきました。

    学習スピードと「置いていかれる感覚」

    授業のスピードは、想像していた以上に速く感じました。

    一度つまずいても、
    そのまま次の単元へ進んでいく。

    「ここが分からない」と立ち止まる余地は、
    ほとんどありません。

    分からないままでも、
    授業は進み、
    次の宿題が出される。

    本人は一生懸命ついていこうとしていましたが、
    表情からは、
    少しずつ余裕が消えていくのが分かりました。

    それでも、
    まだ長期的な「成績」という形では伸びているのかそうでないのかわからない。

    だから、
    この感覚を問題だと判断することができませんでした。

    宿題量そのものより「終わらない前提」

    よく言われるように、
    宿題の量は確かに多かったです。

    ただ、
    大変だったのは量そのものよりも、
    「終わらないことを前提に、次が始まっていく」
    その構造でした。

    昨日の宿題が終わっていなくても、
    今日は今日の授業がある。

    理解が追いついていなくても、
    次の単元に進む。

    「家庭では教えないように」と言われても
    なんとかついていくために私や妻がフォローする。

    宿題であれば、塾の解き方をなぞって問題がないよう教える。
    予習であれば、塾で配られたタブレットの動画を
    親が見つつ教える。

    そうして、なんとか回し続けるような状況でした。

    この「回し続ける感じ」が、
    じわじわと負担になっていきました。

    親が関わるほど、親子関係が歪む感覚

    家庭でのフォローは、
    少しずつ親の役割を変えていきました。

    教えなければ回らない。
    教えないと置いていかれる。

    そう思うほど、
    関わる時間は増えていきます。

    でも、
    関われば関わるほど、
    親子の空気は重くなっていきました。

    勉強そのものより、
    「やる・やらない」を巡るやり取りが増え、
    家の中が落ち着かなくなっていく。

    この時点では、
    まだ成績の話ではありません。

    ただ、
    「このやり方でいいのだろうか」
    という感覚だけが、
    心のどこかに残っていました。

    当時は「合わない」と判断できなかった理由

    それでも当時の私は、
    「集団塾が合わない」と
    判断することはできませんでした。

    理由は単純です。

    まだ結果が出ていなかったから。
    周りも同じように通っていたから。
    そして、
    やめる理由を説明できるほどの材料がなかったから。

    「もう少し様子を見よう」
    その言葉を、何度も自分に言い聞かせていました。

    まとめに代えて

    この時点では、
    集団塾をやめるという判断には至っていません。

    ただ、
    成績とは別のところで、
    違和感だけが静かに積み重なっていきました。

    それが、
    後になって振り返ったとき、
    「兆候だったのかもしれない」と
    思えるようになった、というだけです。

    次は、
    この違和感が、
    特に算数という教科で
    どのように表れていったのかを、
    もう少し具体的に書いてみたいと思います。

    ▼算数だけが極端に苦しくなっていった理由

  • なぜ小4で成績が伸びなかったのか|違和感だけが残った時期 

    なぜ小4で成績が伸びなかったのか|違和感だけが残った時期 

    小4になれば成績は伸びると思っていた

    小4になれば、
    少しずつでも成績は上向いていくだろう。
    当時の私たちは、根拠のない期待を抱いていました。

    小3のうちは慣れる時期。
    本番は小4から。
    むしろ小6の冬にぐっと伸びる子はいる。
    特に男の子はそう。
    周囲からも、そんな話をよく聞いていました。

    だからこそ、
    小4になっても思うように結果が出なかったとき、
    戸惑いの半面、まだまだこんなものではないかという気持ちがありました。

    集団塾に通い始め、
    その生活リズムにも少しずつ慣れてきました。

    授業を受け、宿題をこなし、
    テストも受ける。
    やっていること自体は、
    いかにも「受験生らしい」毎日だったと思います。

    「このまま続けていけば、
    そのうち数字にも表れてくるはずだ」
    と、どこかで期待していました。

    勉強時間は増えていたのに

    実際、勉強時間は増えていました。
    1週間のうち、平日に塾があるのは2日。
    それぞれ2コマをこなして帰ってくる。
    塾のない日は、
    塾の予習と宿題をするために短時間ながら机に向かう。
    土日は片方が塾でこれも2コマ。
    もう片方はお休み。
    あまり根を詰めてもよくないだろうという判断でした。

    少なくとも、
    何もやっていなかったわけではありません。

    ただ、定期的に返ってくるテストの成績表を見るたびに、
    違和感が増していきました。

    大きく下がっているわけではない。
    でも、上がっている実感もない。
    クラスも真ん中らへんで大きな変動はない。

    「横ばい」という言葉が、
    一番しっくりくる状態でした。

    親が勘違いしていたこと

    いま振り返ると、
    当時の私たちは、
    いくつか大きな勘違いをしていたように思います。

    勉強時間が増えれば、
    自然と成績も上がる。
    集団塾に通っていれば、
    周囲に引っ張られて伸びていく。

    そんな前提が
    頭の中にはっきりとありました。
    塾での生徒の様子は定期的に
    塾の専用サイトでアップロードされます。
    鉛筆を握り、ホワイトボードを見つめる長男の姿があり、
    「ああ頑張っているんだ」
    とどこか安心した気持ちになったことも多々あります。

    子どもの様子に出ていたサイン

    成績以上に、
    いま思えば気になっていたのは、
    長男の様子でした。

    授業の話を全然しない。
    「今日はどんなことをやったの?」
    と聞いても
    「うーん」
    と答えるだけ。
    小テストがあっても、
    そのプリントを見せない。
    のちに塾のかばんの底から出てきて、結果を知るということもありました。

    「分からない」と言うことが、
    少しずつ増えていったのも、
    この頃だった気がします。

    いま振り返って思うこと

    この時点では、
    「集団塾が合っていない」
    とまでは、まだ言い切れませんでした。

    ただ、
    何かが噛み合っていない。
    そんな感覚だけは、
    確かにありました。

    そしてその違和感は、
    このあと、さらに大きくなっていきます。

    次の記事では、
    集団塾に通い続ける中で、
    「これは合っていないのかもしれない」と感じ始めた具体的なサインについて書いていきます。

    ▼ 集団塾が合わなかった兆候

  • 集団塾に通わせて最初に感じた違和感|入塾テストと現実のギャップ

    集団塾に通わせて最初に感じた違和感|入塾テストと現実のギャップ

    集団塾に通わせれば安心できると思っていた

    集団塾に通わせると決めたとき、
    正直なところ、それだけで少し安心する気持ちがありました。

    「これで、スタートラインに立てた」
    そんな思いです。
    塾の説明会にはたくさんの親御さんが来ていました。
    つまりみんなこの時期から始めるのだろう、と。
    早くはないのだろうけれど、決して遅くもないスタートだという
    実感から来る安心だったと思います。

    中学受験をするなら、
    あとは塾のカリキュラムに乗っていけばいい。
    親は必要なサポートをすればいい。

    少なくとも当時は、
    そう考えていました。

    ただ、実際に動き始めてみると、
    思っていたほど単純ではありませんでした。

    集団塾に入れば、
    同じ目標を持つ子どもたちと一緒に学び、
    自然とペースができるものだと思っていました。

    授業についていけなくなるようなことは、
    まだ先の話だろう。
    少なくとも小3の段階では、
    大きな問題は起きないだろう。

    そんな、どこか楽観的な見通しを持っていた気がします。

    想像以上にハードルが高かった「入塾テスト」

    実際に塾の説明会に参加し、
    入塾までの流れを聞いて、
    最初に戸惑ったのが「入塾テスト」でした。

    中学受験を考え始めたばかりの段階で、
    すでにテストがある。
    想像していたよりもハードルが高いと感じました。

    入塾テストは
    「基本的な学力を測るだけですから」
    と聞いていました。
    ネットで調べても、
    「よほどのことがなければ落ちない」
    という情報ばかりが目につきました。

    一度、不合格になったという現実

    しかし、実際に受けた入塾テストで、
    長男は一度、不合格になりました。

    結果を塾からの電話で伝えられたときは、
    冷や水をかけられたような気持ちになりました。
    「もう競争は始まっているんだ」という思いも大きかったように思います。

    中学受験を意識し始めただけの段階で、
    すでに「ふるい」にかけられている。
    その現実を、想像以上に重く受け止めました。

    入塾テストの内容を振り返り、
    家庭でできる範囲の対策を考えました。
    市販の問題集を買って、
    机に向かう時間を増やし「試験対策」をする。

    ただ、その過程で、
    「何をどこまでやればいいのか」
    分からない感覚も強くなっていきました。

    対策をしているつもりでも、
    それが正しいのかどうか、
    確信が持てなかったのです。

    塾選びと、想像以上だった費用の話

    最終的に選んだのは、
    いわゆる中学受験専門のそこそこ都内では名の知れた塾でした。

    カリキュラムが整っていて、実績もある。
    決め手になったのは、
    職場の先輩の子どもがこの塾の卒業生だったことです。
    「面倒見がいい」
    「先生が面白い」
    と聞きました。

    さらに先輩の子どもは
    すでに名門中学へ進学していたということもあります。

    一方で、説明を受ける中で、
    月謝のほか教材費、夏季、冬季の講習費など、
    想像していた以上に費用がかかることも分かってきました。

    「ここまでかかるのか」
    という気持ちと、
    「それでもやるなら、これくらいは引き受けないといけない」
    という気持ちが、同時にありました。

    心の片隅に残った違和感

    一つひとつは小さな出来事でしたが、
    重なっていく中で、
    少しずつ違和感のようなものが芽生え始めていました。

    このやり方は、
    本当に我が家に合っているのだろうか。

    そんな問いが、
    頭の片隅に残るようになったのです。

    次の記事では、
    集団塾に通い続ける中で、
    さらに強く感じるようになった違和感と、
    成績が思うように伸びなかった理由について書いていきます。

    ▼ なぜ小4で成績が伸びなかったのか

  • 小3の終わりで集団塾に入れた理由|「無難さ」を選んだ当時の判断

    小3の終わりで集団塾に入れた理由|「無難さ」を選んだ当時の判断

    集団塾が「分かりやすい選択肢」に見えた理由

    中学受験を意識し始めたとはいえ、
    当時の私たちは、はっきりとした答えを持っていたわけではありませんでした。

    やるのか、やらないのか。
    いつから始めるのか。
    何を基準に決めればいいのか。

    迷ったまま時間だけが過ぎていく中で、
    最初に選んだのが「集団塾」でした。

    強い決断というよりも、
    「ネットで検索すると王道っぽい」
    「多くの家庭が選んでいる道に、ひとまず乗ってみる」
    そんな感覚に近かったと思います。

    当時、集団塾はとても「分かりやすい選択肢」に見えていました。

    中学受験といえば、まずは集団塾。
    そんなイメージが、私の中にはありました。
    実際、周囲を見渡しても、
    中学受験を考えている家庭の多くが、
    何らかの集団塾に通っているようでした。

    情報も多く、実績もあり、
    「まずはここから始めるものかもしれない」
    という空気があったように思います。

    「無難そうだった」という安心感

    正直に言えば、
    集団塾を選んだ理由のひとつは、
    「無難そうだったから」でした。

    日能研、SAPIX、四谷大塚。

    街を歩いていると、
    バッグを持った生徒さんを目にする機会も多い。

    広告や塾の前で親御さんが待っている光景も、
    特別なものではありませんでした。

    意識し始めると、
    中学受験向けの塾がたくさんある、という情報だけは
    自然と目に入ってくるようになります。

    数あるなかから選べる。
    説明を受ければ、なんとなく納得できる。
    周囲に聞いても、大きく否定されることはない。

    この「無難さ」は、判断に迷っていた私たちにとって、
    思っていた以上に大きな意味を持っていました。

    最初から個別指導を選ばなかった理由

    一方で、個別指導という選択肢が
    まったく頭になかったわけではありません。

    ただ、当時の私には、
    個別指導は
    「もう受験する学校も決まっているような、
    本気の家庭が選ぶもの」
    という印象がありました。

    小3の段階で、そこまで踏み込んでいいものなのか。
    そんな覚悟も気概もあるとは言えない我が家が、
    いきなり手を出すのはどうなのか。
    例えば、算数や国語、理科、社会といった科目を
    個別で教えてもらったら、
    相当な費用がかかるのではないかという不安もありました。

    そう考えると、
    まずは集団塾で様子を見る、という判断のほうが、
    自分たちの立ち位置に合っているように感じました。

    この頃、妻とも何度か塾の話をしました。

    ただ、「ここが正解だ」と言い切れるような話し合いではなく、
    「まずは一度、集団塾に通わせてみようか」
    というところで、自然と話がまとまっていきました。

    失敗しても取り返しがつかないわけではない。
    まずは説明会に行ってみる。
    そのとき違和感があれば、その都度考えればいい。

    そんな温度感を、
    夫婦で共有していた気がします。

    いま振り返って思うこと

    いま振り返ると、
    このときの選択が正しかったのかどうかは、
    いまでも分かりません。

    ただ、当時の私たちの状況や気持ちを考えれば、
    集団塾を選んだことは、
    ごく自然な流れだったようにも思います。

    そして、この選択のあとで、
    少しずつ違和感を覚えるようになります。

    次の記事では、集団塾に通わせてから、
    思っていたより早く感じた「違和感」について書いています。

    ▼ 集団塾に通わせて最初に感じた違和感

  • 中学受験を考え始めたのは小3の終わりだった|判断できなかった親の本音

    中学受験を考え始めたのは小3の終わりだった|判断できなかった親の本音

    なぜ中学受験を考え始めたのが「小3の終わり」だったのか

    中学受験を意識し始めたのは、長男が小学3年生の10月頃でした。

    はっきりとしたきっかけがあったというよりは、周囲の空気に影響された部分が大きかったように思います。
    私は都内の中でも、比較的、中学受験をする家庭が多いエリアに住んでいます。
    子どもが通っている公立小学校の同級生の親から
    「小2の段階で塾に通い始めた」
    「塾を決めた」
    といった話を聞くようになりました。

    また、私の勤務している会社でも、子どもを都内の私立中学に通わせている、あるいは通わせたという経験のある
    同僚や先輩が数多くいました。

    そうした話を耳にするうちに、
    なんとなく落ち着かない気持ちになったのを覚えています。

    それまで中学受験をするのかどうかすら真剣に考えたことがありませんでした。
    「地元の公立中学に通い、高校受験をするのではだめなのか」
    一方で、
    「いま判断しないと取り返しがつかなくなるのでは」
    という不安だけが先に膨らんでいきました。

    早いのか、遅いのか。
    そもそも我が家に中学受験は合っているのか。
    当時は、何を基準に考えればいいのかも分からない状態でした。

    いま振り返ると、小学3年生の終わり頃は、周囲の動きが急に目に入ってくる時期だったように思います。

    それまでまったく意識していなかった「塾」や「中学受験」という言葉が、ある時期から、急に身近な話題として聞こえてくるようになりました。
    職場では、会話のなかで長男の学年が出てくると、中学受験をした組の同僚や先輩から
    「そろそろ受験のこと考え始める時期だね」
    「もう塾行ってるの?」
    という反応が当たり前のように返ってくるんですね。
    「中学受験をする家庭は、特別な家庭ではないのかもしれない」
    と感じ始めたのも、この頃です。

    受験するにしても3年も先のことですよ。
    考えるにしてもまだ早いのではと思いつつ、
    周囲が動き出している中で、何も考えずにいることのほうが不安になっていました。
    焦りに近い感情が、少しずつ積み重なっていった時期だったと思います。

    当時、親として一番分からなかったこと

    この頃、親として一番分からなかったのは、
    「何を基準に判断すればいいのか」という点でした。

    いつから始めるのが適切なのか。
    そもそも、塾に通うことは本当に必要なのか。
    親はどこまで関わるべきなのか。

    とりあえずインターネットで調べる。
    たぶんみなさんも一度は調べたことがあると思いますが、
    【中学受験 いつから】
    【中学受験 するべきか】
    とか、そんなキーワードを入れて検索してみました。

    「小3から始めるのがセオリー」だと書いているものもあれば、
    「もっと早くから始める必要がある」「まだまだ間に合う」というものも。
    これが正解だろうと思えるものは見つかりませんでした。

    情報はあるのに、判断材料としては足りない。
    そんな感覚だけが残り、
    「決めきれない自分」に対する焦りも、少しずつ増していきました。

    この頃、妻とも何度か中学受験の話をしました。

    ただ、具体的に何かを決めるというよりも、
    「どう考えればいいのか分からない」
    という状態を共有していた、というほうが近かったと思います。

    中学受験をする家庭もあれば、しない家庭もある。
    その中で、我が家はどこに軸を置くべきなのか。
    夫婦で話しながらも、答えはなかなか見えてきませんでした。

    公立中学から高校受験という選択肢も消えなかった

    一方で、公立中学に進み、高校受験をするという選択肢も視野には入っていました。

    子どもが通う予定の地元の公立中学に、特別な不安はありませんでした。
    周囲の評判も悪くなく、むしろ、進学実績を見ると私でも名前を知っている高校に進んでいる生徒もいる。
    「まずは公立中学に進む」という道も、ごく自然な進路のひとつだと感じていました。

    私自身も、公立中学から高校受験を経験してきました。
    その経験が良かったのか、そうでなかったのかは簡単には言えませんが、
    少なくとも
    「中学受験をしなかったのは失敗」
    とは思っていませんでした。

    当時の私たちは、
    「公立中学でいい」と言い切るほどの確信も、
    「中学受験をする」と決めるほどの覚悟も、
    どちらも持てずにいました。

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