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  • 集団塾をやめる決断をした理由|限界を認めるまでの過程

    集団塾をやめる決断をした理由|限界を認めるまでの過程

    小5の1月。目標の学校まで偏差値は15足りない

    集団塾をやめる決断をしたのは
    まだ目標を大学附属中に置いていた
    小5の1月のことでした。

    毎月実施される模試では
    目標とする大学附属中まで
    偏差値でいえば15くらいの開きがある。
    縮まる気配はなく
    ただ時間が過ぎていく。

    このままでいいのだろうか
    という思いはずっとぬぐえずにいました。

    成績以前に、苦しさが目につくようになった

    そして、
    集団塾に通い続ける中で、
    成績以上に
    気になるものがありました。

    それは、
    長男の様子です。

    塾には通い続ける。
    授業自体は楽しいという。

    でも、宿題がなかなか終わらない。
    白紙のままということも
    次第に増えていきました。

    特に算数ですが、
    理解できていないまま単元が進み、
    家でその単元をカバーしているうちに、
    次の単元の予習が課さる。
    追いつかないまま授業に臨む。
    復習の宿題が出る。

    結果、どちらも中途半端なまま。
    次、次、次。

    常に息継ぎができない状況で
    いつしか宿題を開くことが
    長男にとって苦痛なものに変わっていました。

    親の私はというと、
    宿題をしない状況は焦りにつながり、
    ついつい厳しい言葉でやるように言ってしまう。

    反発したり、泣いたり。

    「この状態がずっと続くのはよくない」
    「中学受験どころか、父子の関係まで壊れる」
    そう言ってくれたのは妻でした。

    「無理に無理を重ねる」も通用しなくなり

    集団塾では、
    一定のペースで授業が進みます。

    それについていくために、
    「無理に無理を重ねる」ことが
    前提になっていました。

    でも、
    どれだけ長男が無理をして、
    私が無理を強いても、
    埋まらないズレがある。

    努力不足ではなく、
    やり方の問題ではないか。

    そう感じる場面が、
    増えていきました。

    周囲と比べて、合わなさが浮き彫りになった

    模試の成績によって
    クラス替えは常にあります。
    授業のペースに乗って上のクラスに行く
    同じクラスの子もいる。

    質問もできる。
    復習も追いつく。

    それに比べて、
    長男はいつも
    どこかで引っかかっている。

    いつしか真ん中より下のクラスが定位置となり、
    浮上はほぼなく、維持か下がるか。

    比べるつもりはなくても、
    差はどうしても
    目に入ってしまいます。

    塾を変えることへの抵抗

    集団塾をやめる。

    その選択肢は、
    以前から
    頭の片隅にはありました。

    宿題をしない長男に
    「もうやめる?」と言ったこともありました。

    ただ、
    ここまで
    積み上げてきた時間や
    「途中でやめる」ことへの引っかかり。

    それらが、
    判断を重くしていました。

    「合わない」と認めることの難しさ

    一番
    難しかったのは、
    「合わない」と
    認めることだったと思います。

    努力が足りないのではないか。
    もう少し続ければ
    どこかで軌道に乗るのではないか。
    どこかで長男のスイッチが入れば。
    夏期講習で復習をすれば
    追いつけるのではないか。

    そう考え続けることで、
    判断を
    先延ばしにしていました。

    でも、
    無理を続けることで、
    失っているものも多い。
    そう思うようになりました。

    決断というより、受け止めだった

    最終的に、
    集団塾をやめると決めたとき。

    それは、
    思い切った決断というより、
    現状を
    私が受け止めた、
    という感覚に近かったと思います。

    できないことを
    責めるのではなく、
    合わない環境から一度離れる。

    そのほうが、
    前に進める気がしました。

    まとめに代えて

    集団塾をやめると
    決めたのは、
    続けることで
    苦しさが増えていく状態を、
    これ以上見過ごせなかったからです。

    この判断が
    正解だったかどうかは、
    この時点では
    まったく分かりませんでした。

    ただ、
    「合わない」と認めることで
    次の一手を考えられるようになった。

    いま振り返ると、
    そう思います。

    次の記事では、
    集団塾をやめることに対して
    感じていた不安や、
    周囲の反応について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    集団塾をやめるときの不安

  • 志望校を実現可能なラインに置き直した判断|引き算を受け入れ始めた頃

    志望校を実現可能なラインに置き直した判断|引き算を受け入れ始めた頃

    どこを志望すれば向き合えるか

    説明会をいくつか重ねて、
    私たちの中で
    少しずつ変わってきたものがありました。

    それは、
    「どこを目指すか」ではなく、
    「どこなら向き合えるか」という感覚です。

    志望校を
    正式に決めたわけではありません。
    ただ、
    頭の中に置いていたラインを、
    引き直していました。

    「上」を見続けるのが、しんどくなっていた

    偏差値65の学校を目安にしていた頃、
    大学附属を目標にしていた頃、
    私たちは常に
    上を見ていました。

    合格80%偏差値。
    あと何点。
    どれだけ足りないか。

    気づけば、
    「足りない部分」ばかりを見ていて
    「届くかどうか」ではなく
    「届かなければいけない」
    に変わっていたように思います。

    それが、
    少しずつ負担になっていました。
    親だけでなく、長男にとってもです。

    説明会で感じた「無理のなさ」

    中堅校の説明会では、
    別の感覚がありました。

    この学校で、
    6年間を過ごすとしたら。
    日々の授業を受け、
    テストを受け、
    行事に参加する。

    その姿が、
    極端な背伸びをせずに
    思い描ける。

    それは、
    安心というより、
    無理がない、
    という感覚でした。

    「実現可能なライン」という言葉が、浮かんできた

    いつからか、
    「実現可能なライン」という言葉が
    浮かぶようになりました。

    妥協ラインでも、
    最低ラインでもありません。

    いまの成績と、
    いまの学習ペース。
    そして、
    長男の様子。

    それらを
    まとめて見たときに、
    大きな歪みが出ない位置。

    そこに
    志望校を置き直す。
    ようやく無理のない位置にたどり着いた。
    そんな感覚でした。

    目標を
    失ったわけではなく、
    新しい目標ができた。
    そう考えることにしました。

    子どもの表情が、少し変わった

    志望校の話をしたとき、
    長男の表情も
    少し変わりました。

    「頑張れば、届くかもしれない」

    そう思える距離に
    目標があることは、
    想像以上に
    大きかったのだと思います。

    以前のような
    重たさは、薄れていました。

    判断ではなく、置き直しだった

    このときの私たちの行動は、
    決断というより、調整でした。

    志望校を
    白黒つけるのではなく、
    位置を少し動かす。

    それだけで、
    考え続ける余地が生まれました。

    まとめに代えて

    志望校を
    実現可能ラインに
    置き直したのは、これ以上、歪んだ状態で
    考え続けないため。

    そして、
    長男と一緒に
    前を向いて中学受験に挑むためでした。

    この判断が
    正しかったのかどうかは、
    この時点ではまだ分かっていません。

    ただ、
    ここから先を考える土台としては、必要な調整だった。

    いま振り返ると、そう思います。

    次の記事では、
    この「実現可能ライン」を設定する前後、
    塾との関係がどう変わっていったかについて
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    集団塾をやめる決断をした理由

  • 説明会で「ここなら」と感じた中堅校|数字以外が動いた瞬間

    説明会で「ここなら」と感じた中堅校|数字以外が動いた瞬間

    進学実績と手厚さをどう見るか

    中堅校に求める条件を
    ある程度言葉にできたあと、
    私たちは
    実際に学校説明会に足を運んだり、
    説明会のYoutube配信を見たりするようになりました。

    進学実績。
    手厚さ。

    頭の中では
    整理できたつもりでも、
    それが
    実際の学校と
    どう結びつくのかは、
    まだ分かっていませんでした。

    説明会に行って、最初に感じたこと

    説明会に参加して、
    まず感じたのは、
    数字では分からない情報でした。

    特に生徒さんが説明会で話す内容です。
    もちろん、その場に出てくるのは
    選ばれた生徒さんでしょう。

    でも、その中堅校を選んだ生徒さんに違いない。

    パンフレットや
    ホームページでは
    見えてこなかった部分、
    生徒さんの実像が見えてくる。

    それはその子がはきはき話すとか、
    立派な内容を話しているとか、
    そういう部分ではありません。

    生徒さんは学校のカリキュラムをどう思い、
    学校は生徒さんをどうフォローしているのか。
    そんな観点で見ると、いままでとは違った面が見える気がしました。

    「ここは違うかもしれない」
    そう感じる学校もあれば、
    思っていたより
    しっくりくる学校もありました。

    進学実績の説明を、どう受け取ったか

    進学実績についての説明も、
    学校ごとに
    印象がかなり違いました。

    数字を
    前面に出す学校。
    一方で、
    あまり強調しない学校。

    ただ、
    どちらが良いというより、
    「どう語るか」に
    目がいくようになっていました。

    どの層の生徒が、
    どんな進路を選んでいるのか。
    その説明に無理がないか。
    特にレベル別でクラスを分けている場合は
    要注意だと感じました。

    「手厚さ」が具体的に見えた瞬間

    説明会の中で、
    「手厚さ」という言葉が、
    初めて
    具体的に感じられる場面もありました。

    補習。
    声かけのタイミング。
    授業のほかに困っている状況を見つける仕組み。

    それらが、
    抽象的な言葉ではなく、
    日常の動きとして
    語られていた学校がありました。

    そのとき、
    「ここなら」と
    思ったのだと思います。

    長男の反応が、思っていたより大きかった

    説明会のあと、
    長男の反応も
    印象に残っています。

    「この学校は
    頑張ればいけるのかな」

    それまで、
    模試の結果を前に
    自信をなくしていた様子が
    続いていたので、
    その言葉は少し意外でした。

    親の判断とは別に、
    本人が前向きなイメージを
    持てそうだということが何よりうれしかった。

    条件が、現実の学校と結びついた

    進学実績。
    手厚さ。

    整理した条件が
    この説明会を通して、
    初めて現実の学校と
    結びついた気がしました。

    「この条件なら納得できる」
    という感覚が、
    頭だけでなく、
    感覚として腑に落ちた瞬間でした。

    まとめに代えて

    説明会に参加したからといって、
    その場で
    志望校が決まったわけではありません。

    ただ、
    「目指せる学校」のイメージは、
    かなり具体的になりました。

    数字だけでは
    動かなかったものが、
    人や空気を通して少し動き始めた。

    そんな感覚を
    覚えた時期でした。

    次の記事では、
    こうした説明会を重ねる中で、
    志望校を
    現実ラインに置き直していった過程について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    志望校を実現可能なラインに置き直した判断

  • 中堅校に求めた条件|基準の洗いなおしを始めた頃

    中堅校に求めた条件|基準の洗いなおしを始めた頃

    何を重視するべきなのか

    中堅校を
    具体的に見始めるようになってから、
    私たちは
    ひとつの作業に取りかかりました。

    それは、
    「どの学校がいいか」を探すことではなく、
    「何を重視するのか」を
    整理することでした。

    中学受験の学校選びとして
    これまで何となく置いていた基準を、
    一度、洗いなおしてみる
    必要があると感じていました。

    進学実績を、どう見るか

    中堅校を調べ始めて、
    やはり最初に目を通すのは、
    進学実績でした。

    大学合格者数。
    難関大学への進学率。

    数字は、
    分かりやすい。

    でも、
    それだけで
    判断できるかというと、
    そうでもありませんでした。

    母数も違うし、1人の生徒が複数の大学に合格して
    実績を引き上げている可能性もある。

    単純な比較が
    できないことも、
    分かっていました。

    それでも、
    「見ない」という選択肢は、
    ありませんでした。

    中学受験の先、どこを目標に置くのかという
    私たちの基準は
    やはり大学進学だったからです。

    数字の奥にあるものを知りたかった

    進学実績を見るとき、
    私たちが気にしていたのは、
    一部の突出した結果ではありません。

    医学部や難関国立大に1人とか、
    そういう数字ではなく
    どの層が、
    どこに進学しているのか。
    ボリュームゾーンはどこなのか。

    上位だけでなく、
    中位、
    下位の生徒は
    どうなっているのか。

    長男が
    その学校に入った場合、
    どのあたりに
    位置しそうなのか。

    そうした視点で
    見直すようになりました。

    「手厚さ」という言葉が気になり始めた

    もうひとつ、
    頻繁に目にするようになったのが、
    「手厚さ」という言葉です。

    「少人数制で個々の能力を最大限に」
    「きめ細かな指導とサポート体制」
    「じっくり指導」

    こうした
    学校案内などの資料では、
    必ずと言っていいほど
    出てきます。

    ただ、
    その言葉が
    何を指しているのか。
    使い勝手のいい曖昧模糊とした言葉を
    なんとなく受け入れるのはやめました。

    手厚さを、どう定義するか

    私たちが考えた
    「手厚さ」は、
    単に勉強量を
    増やしてくれることではありません。

    より具体的に
    生徒の学力向上に
    どうアプローチするのか。
    学習習慣をどうつけ、
    どんな手法で置いていかれそうなときに
    カバーをしてもらえるのか。

    そうした環境があるかどうかを、
    気にするようになりました。

    進学実績と手厚さは、切り離せなかった

    進学実績と
    手厚さは、
    別々の条件のようでいて、
    実は
    つながっている。

    そう感じるようになりました。

    手厚く見てもらえるからこそ、
    一定の層が
    安定して次の進路につながっている。

    そんな構造がある学校に、
    惹かれるようになっていきました。

    条件を言葉にしたことで、見えたもの

    進学実績。
    手厚さ。

    この二つを
    軸として
    学校を見直すようになると、
    候補校の顔ぶれが
    少しずつ変わってきました。

    「何となく良さそう」
    ではなく、
    「この条件なら納得できる」。

    そう言える学校が、
    残っていく。

    条件を言葉にしたことで、
    選択肢が
    整理され始めた感覚がありました。

    まとめに代えて

    中堅校を探し始めたことで、
    私たちは
    志望校を決めたわけではありません。

    ただ、
    見る基準は
    確実に変わっていました。

    進学実績と
    手厚さ。

    この二つを
    どう受け止めるかが、
    次の判断の
    土台になっていきます。

    次の記事では、
    こうした条件をもとに、
    説明会や学校訪問で
    「ここなら」と感じた
    具体的な学校の話を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    説明会で「ここなら」と感じた中堅校

  • 中堅校を探し始めた理由|選択肢を現実に引き寄せた頃

    中堅校を探し始めた理由|選択肢を現実に引き寄せた頃

    幅広い偏差値の学校を調べる

    志望校を
    さらに下げるかどうかで
    迷い続けたあと、
    私たちは
    ひとつの行動に出ました。

    それは、
    結論を出すことではなく、
    選択肢を
    より増やすことでした。

    大学附属中に固執しないこと。
    もう少し幅広い偏差値の学校を調べること。

    中堅校を
    具体的に見始める。
    それが、
    この時期の
    私たちなりの進み方でした。

    「下げる」と決めたわけではなかった

    中堅校を探し始めたからといって、
    志望校を
    必ず下げると決めたわけではありません。

    ただ、
    大学附属中だけを前提に
    考え続けることに、
    無理が出てきていました。

    見える範囲を
    少し広げてみる。

    それだけで、
    判断が
    少しだけ楽になる気がしたのです。

    現実的に「届きそうな学校」を知りたかった

    模試の数字を前にして、
    感じていたのは、
    その学校にかすりもせず受験が終わることへの怖さでした。

    振り返ってみれば、
    偏差値65くらいの学校から
    大学附属中に目標を移したときも
    「まだ伸びるのではないか」
    「小6の最後までわからない」
    そんな思いで、上限は設定しても
    下限はあまり見ないようにしていました。

    でも、受験まで1年を切って、
    そうも言っていられなくなってきた。

    どの学校なら、
    どのくらいの距離感なのか。
    どこまでが
    現実的な範囲なのか。

    「現実に即した学校」を
    自分たちの目で
    確かめたかくなったのだと思います。

    中堅校という言葉への抵抗が薄れていった

    正直に言えば、
    それまで
    「中堅校」という言葉には、
    少し距離がありました。

    偏差値でいえば40台後半~50台中盤のイメージでしょうか。
    現状に合わせるということは
    目標を下げた証のように
    感じていたからです。

    でも、
    模試の結果と
    現実を何度も突き合わせるうちに、
    その言葉に
    込めていた意味が
    少しずつ変わっていきました。

    中堅校=妥協。

    そんな単純な図式では、
    もう考えられなくなっていました。

    長男の様子も、判断材料のひとつだった

    長男の様子も判断材料になっていました。

    これまで模試では
    もともと設定していた大学附属中や
    もう少し偏差値が高い学校ばかりを
    志望校として書いていました。

    たとえば「合格可能性80%以上」
    という評価を模試で書いたすべての学校で
    いままで一度も見たことがない。

    それどころか、
    60%や40%もない。
    ほぼ30%未満。

    やってもやってもこうした数字が目に付けば
    モチベーションは下がるだろうなと感じていました。

    「行けるなんて学校ない」
    「おれはできないから」
    そんな言葉を口にするようになりました。

    胸が痛かった。
    いたずらに難しく高い目標を掲げることが正解なのか。
    伸びを期待するどころか、足枷になっているのでは。
    そんな思いにかられました。

    長男の姿を見て、
    選択肢を
    現実に引き寄せることにも
    意味があるのかもしれない。

    そう思い始めました。

    判断を先送りにしたまま、動くという選択

    中堅校を探し始めたのは、
    判断を先送りにしたまま、
    動くためでした。

    決めきれないから、
    止まる。

    ではなく、
    決めきれないから、
    見に行く。

    そのほうが、
    自分たちらしいと
    感じたのだと思います。

    まとめに代えて

    この時期、
    私たちは
    迷いに迷っていました。

    ただ、
    大学附属中だけを
    唯一の前提にして
    考え続ける段階は、
    終わりつつあった。

    中堅校を探し始めたのは、
    判断を
    現実に近づけるためでした。

    次の記事では、
    中堅校を見ていく中で、
    我が家が
    どんな条件を重視するようになったのか。

    進学実績や手厚さといった
    具体的な視点について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    中堅校に求めた条件

  • これ以上、志望校を下げるのかという葛藤|決めきれなかった時間

    これ以上、志望校を下げるのかという葛藤|決めきれなかった時間

    次の判断はすぐにはできない

    大学附属も厳しいかもしれない。
    そう感じたあと、
    すぐに次の判断ができたわけではありません。

    むしろ、
    ここからが
    一番動けなかった時間だったように思います。

    志望校を
    もう一段、下げるのか。
    それとも、
    ここに踏みとどまるのか。

    簡単に答えを出せる問いではありませんでした。

    下げれば楽になる、という単純な話ではなかった

    志望校を下げれば、
    数字の見え方は
    変わるかもしれません。

    合格可能性も、
    80%偏差値も、
    少しは現実的になる。

    頭では、
    そう分かっていました。

    でも、
    それで気持ちが
    軽くなるかというと、
    そうでもありませんでした。

    「下げること」そのものへの抵抗感

    志望校を下げる。

    その言葉に、
    どこかで
    引っかかりがありました。

    恥ずかしながら
    負けたような気がする。
    逃げているように見える。

    御三家や
    それに次ぐ難関校へ進学している
    職場の先輩たちのお子さんと
    どうしてここまで違うのか。

    そんな感情が、
    自分の中に
    確かにありました。

    それが
    誰かに言われた言葉ではなく、
    自分の内側から
    出てきたものだったことも、
    余計に厄介でした。

    長男に、どう説明すればいいのか

    もう一つ、
    大きかったのは、
    長男自身の受け止めです。

    これ以上、
    志望校を下げるとしたら、
    どう説明すればいいのか。

    「現実的に考えて」
    「今の成績だと」

    そう言葉にした瞬間、
    長男なりにしてきた努力を
    完全に否定してしまうような
    気がしました。

    本人の気持ちを
    切らせることにならないか。

    その線引きが、
    分かりませんでした。

    まだ諦めきれない気持ちも残っていた

    数字を見れば、厳しい。

    それは、分かっています。

    でも、
    完全に諦めきれるほど、
    状況が
    はっきりしているわけでもない。

    「もう少しだけ」
    「これからが本番で、伸びるかもしれない」

    そんな期待が、
    どこかに残っていました。

    決めきれないまま、時間だけが過ぎていった

    志望校を下げる。
    下げない。

    どちらを選んでも、
    納得しきれない。

    その結果、
    判断は先送りになりました。

    動いていないようで、
    頭の中では
    ずっと考えている。

    でも、
    結論にはたどり着かない。

    そんな時間が、
    続いていました。

    まとめに代えて

    これ以上、
    志望校を下げるのか。

    この問いは、
    簡単に
    白黒つけられるものではありませんでした。

    正解が分からないから
    迷ったのではなく、
    どちらを選んでも
    失うものがあると
    感じていたからだと思います。

    この時点では、
    まだ
    答えは出ていませんでした。

    ただ、
    迷っていること自体が、
    次の判断へ向かう
    前触れになっていた。

    いま振り返ると、
    そんな時間だったように思います。

    次の記事では、
    この葛藤を抱えたまま、
    中堅校という選択肢を
    具体的に考え始めた話を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    中堅校を探し始めた理由

  • 大学附属中も厳しいと感じた瞬間|現実を直視せざるを得なかった頃

    大学附属中も厳しいと感じた瞬間|現実を直視せざるを得なかった頃

    もう「たまたま」とは言えない

    模試を重ねる中で、
    偏差値が大きく動くことはありませんでした。

    一度きりの結果ではない。
    たまたまでもない。

    そう思うようになった頃、
    私の中で、
    ある感覚が
    はっきりと形になってきました。

    「届かないかもしれない」という実感

    大学附属を目標にすると決めたとき、
    簡単ではないことは、
    分かっていました。

    ただ、
    努力を続ければ、
    どこかで近づいていくのではないか。
    少なくとも偏差値65くらいの
    学校を目標にしていた頃よりは
    長男の学校に対する思いはあるのだから。

    そんな期待も、
    正直、
    持っていたと思います。

    でも、
    模試の結果を
    並べて見返すうちに、
    その距離が
    ほとんど縮まっていないことが、
    気になり始めました。

    差が縮まらないまま、時間だけが過ぎていった

    点数も、
    偏差値も、
    多少の上下はあります。

    けれど、
    全体として見れば、
    大きな変化はない。

    「あと少し」
    と言えるところまで、来てほしい。
    でも、来ていない。

    その現実が、
    少しずつ、
    重くのしかかってきました。

    目標の置き方を、考え直す必要があるのではないか

    ここで初めて、
    目標そのものについて
    考え始めました。

    努力の量が足りないのか。
    やり方が合っていないのか。

    それとも、
    前提として置いている目標が、
    いまの状態に対して
    無理のあるものなのか。

    どれか一つに
    原因を求められるほど、
    状況は
    単純ではありませんでした。

    「厳しい」と思った瞬間

    大学附属も、
    現実的に考えると、
    厳しいのではないか。

    そう思ったのは、
    はっきりとした出来事が
    あったからではありません。

    複数の結果を
    並べて見たときに、
    自然と浮かんできた感覚でした。

    期待と現実のあいだにある距離を、
    これ以上、
    見ないふりはできない。

    そのとき、
    ようやく
    そう思いました。

    それでも、すぐに答えは出なかった

    「厳しい」と感じたからといって、
    すぐに
    次の判断ができたわけではありません。

    志望校を下げるのか。
    別の選択肢を探すのか。

    考えるべきことは、
    一気に増えました。

    ただ、
    この時点で分かっていたのは、
    これまでと同じ考え方のままでは、
    前に進めない、
    ということだけでした。

    まとめに代えて

    模試を重ねた結果、
    大学附属という目標が、
    現実的に
    厳しいかもしれない。

    そう感じたのが、
    この時期でした。

    それは、
    諦めた瞬間ではありません。

    ただ、
    目をそらしてきた現実を、
    ようやく
    正面から見るようになった、
    そんな感覚でした。

    次の記事では、
    この感覚を前にして、
    それでも
    志望校を
    さらに下げるのかどうか。

    簡単には答えが出なかった葛藤について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    これ以上、志望校を下げるのかという葛藤

  • 偏差値40~50をうろうろした現実|伸びている実感が持てなかった頃

    偏差値40~50をうろうろした現実|伸びている実感が持てなかった頃

    首都圏模試の結果だけなのか

    最初の首都圏模試の結果を見て、
    動揺しました。

    合格可能性30%未満。
    80%偏差値との大きな差。

    「まずい」と感じながらも、
    心のどこかでは、
    一度きりの結果かもしれないし、
    これをボトムとして上げていけばいい。

    もう一度受ければ、
    違う数字が出るかもしれない。

    そんな気持ちで、
    その後も模試を受け続けることになります。

    数字は、大きく変わらなかった

    結果は、
    大きくは変わりませんでした。

    偏差値は、
    50前後。

    ここで長男の小5以降の模試の
    4科目総合のおおむねの月別偏差値を書いていきます。
    【小5】
    1月 45
    2月 47
    3月 52
    4月 50
    5月 49
    6月 43
    7月 40
    8月 47
    9月 46
    10月 43
    11月 49
    12月 50
    1月 41
    2月 46
    3月 42

    【小6】
    首都圏1回目 49

    上がったり、
    下がったり。

    はっきりとした上昇も、
    明確な改善も、
    感じられない。

    劇的に悪くなるわけでもないけれど、
    良くなっているとは言えない。
    40~50の間をうろうろ。

    そんな数字が、
    続いていきました。

    もう「たまたま」では片づけられない

    一度の結果なら、
    たまたま、
    調子が悪かった、
    とも言えます。

    でも、
    同じような点数、
    同じような偏差値が、
    続くと、
    そうも言えなくなってきます。

    これは、
    塾の模試だろうが首都圏模試だろうが、
    もうほぼいまの実力ではないだろうか。

    そんな考えが、
    少しずつ、
    現実味を帯びてきました。

    伸びている実感が持てなかった

    勉強をしていないわけではありません。
    努力していないわけでもない。

    それでも、
    結果として出てくる数字に、
    変化がない。

    頑張っている感覚と、
    数字の現実が、
    まったく重なりませんでした。

    「このまま続ければ伸びる」
    という確信も持てず、
    「もう限界だ」と
    言い切れるわけでもない。

    中途半端な状態が、
    続いていました。

    期待と不安が同時にあった

    まだ伸びるかもしれない、
    という期待。

    でも、
    この水準が現実なのではないか、
    という不安。

    その二つが、
    同時にありました。

    希望も、
    諦めも、
    どちらにも
    踏み切れない。

    数字はあるのに、
    判断の材料として
    使い切れない感覚が、
    残っていました。

    数字が「現実」になり始めた感覚

    繰り返し見るうちに、
    偏差値50以下くらいという数字が、
    少しずつ、
    特別なものではなくなっていきました。

    受け止めきれず、
    でも無視して突き進むわけにもいかない。

    数字が、
    じわじわと
    現実として定着していくような、
    そんな感覚でした。

    まとめに代えて

    初めての首都圏模試の結果への思いは
    時間とともに、
    別の形に変わっていきました。

    大きなショックから、
    静かな不安へ。

    偏差値50以下を
    行き来する数字は、
    「一時的な結果」ではなく、
    「いまの状態」ということなのだろう…か。

    そう感じ始めた頃でした。

    ただ、
    最初に思い描いていたイメージと、
    現実のあいだに、
    確かに、そして遠い距離があることだけは、
    はっきりしてきていました。

    次の記事では、
    この数字を前にして、
    目標にしていた大学附属が、
    現実的にどれほど厳しいのかを、
    初めてはっきり意識した瞬間について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    大学附属中も厳しいと感じた瞬間

  • 首都圏模試の合格可能性と80%偏差値に戸惑う|数字の重さに立ち止まった日

    首都圏模試の合格可能性と80%偏差値に戸惑う|数字の重さに立ち止まった日

    初めての首都圏模試の結果は…

    小6になって、
    初めて首都圏模試を受けました。

    志望校には、
    目標としていた大学附属中を設定していました。

    模試を受ければ、
    いまの立ち位置が少しは見えるはずだ。

    そんな期待と不安が
    入り混じった状態で、
    結果を見ることになりました。

    合格可能性は30%未満だった

    最初に目に入ったのは、
    合格可能性の数字でした。

    30%未満。

    覚悟していなかったわけではありません。
    ただ、
    実際に数字として突きつけられると、
    受け止め方はまったく違いました。

    「いやぁマジかぁ」
    頭の中で何度も言った気がします。

    合格80%偏差値65に対して

    次に確認したのが、
    合格80%偏差値でした。
    この偏差値であれば80%の確率で
    合格するという値。
    これは集団塾の模試にはないので、
    かなり目安として使いやすいと
    思っていました。

    65を超えている。

    首都圏模試では、
    四谷大塚や日能研の模試に比べて
    合格水準の偏差値が
    高めに出る。

    そうした情報は、
    事前に知っていました。

    でも、
    知っていることと、
    長男の結果として
    突きつけられることは、
    別の話でした。

    点数にすると、100点足りなかった

    80%偏差値に届かせるためには、
    4科目合計で
    およそ100点足りない
    という状況でした。

    100点。

    この数字を、
    どう受け止めればいいのか、
    すぐには分かりませんでした。

    努力で埋められる差なのか。
    現実的には難しい差なのか。

    4科目に割り振ればなんとかなるかもしれない数字。

    「あと100点」という表現が、
    近いようで、
    とても遠く感じられました。

    正直、これはまずいと感じた

    そのとき、
    頭に浮かんだのは、
    とても単純な感覚でした。

    正直、
    これはまずい。

    冷静に分析した結果というより、
    感覚的な反応に近かったと思います。

    理由を整理する前に、
    不安だけが
    先に立ち上がってきました。

    悩み深い、最初の一回だった

    この首都圏模試は、
    安心をくれるものではありませんでした。

    むしろ、
    新しい迷いを
    はっきりと連れてきた。

    模試を受ければ、
    少し整理できると思っていたのに、
    数字を前にして、
    立ち止まってしまった。

    それが、
    このときの
    正直な実感です。

    まとめに代えて

    小6で受けた
    最初の首都圏模試は、
    現実を突きつける一方で、
    次に何をすればいいのかを
    教えてはくれませんでした。

    合格可能性と80%偏差値。
    そして、
    100点という差。

    この数字を、
    どう受け止め、
    どう扱えばいいのか。

    答えは、
    まだ見えていませんでした。

    次の記事では、
    この結果が一度きりのものなのか、
    それとも
    いまの実力を示しているのか。

    その後も受けた模試で、
    偏差値が50以下を行き来した現実について
    振り返ります。

    ▼ 次の記事
    偏差値40~50をうろうろした現実

  • 小6から首都圏模試を受け始めた理由|物差しを変えたかった頃

    小6から首都圏模試を受け始めた理由|物差しを変えたかった頃

    中学受験組全体のなかで長男の立ち位置は

    志望校を大学附属に切り替えたあと、
    私の中には、
    ひとつの落ち着かなさが残っていました。

    判断はした。
    でも、
    その判断がどこに位置しているのか、
    はっきりとは分からない。

    周囲に相談できず、
    自分の考えだけで進んでいる感覚が、
    少し心許なかったのだと思います。

    そんな中で、
    私たちは
    模試を受けることを考え始めました。

    大学附属を志望校に据えたとはいえ、
    成績が
    その水準に到達しているのかどうか。

    正直なところ、
    自信はありませんでした。

    長男が通っていた塾でも
    模試はあり、順位と偏差値は出る。

    でも、
    母数が小さくて、
    外から見てどうなのかは、
    分からない。

    塾全体の生徒の学力分布と
    中学受験を考えている層の学力分布、
    その二つにどれほどの違いがあるかわからないということです。

    塾の成績だけでは、判断しきれなかった

    通っていた集団塾のテストは、
    あくまで
    塾のカリキュラムに沿ったものです。

    志望校を考える材料として、
    十分だと言われれば、
    そうなのかもしれません。

    ただ、
    相談できる相手がいない状況では、
    その成績を
    どう受け取ればいいのかも、
    判断しきれませんでした。

    「順調」と言っていいのか。
    「まだ足りない」のか。

    確かめる術が、
    欲しかったのです。

    模試は「答え」ではなく、目安が欲しかった

    模試を受けようと思ったのは、
    進路を決めるための
    答えが欲しかったからではありません。

    ただ、
    考え続けるための
    材料が欲しかった。

    志望校を切り替えた判断が、
    極端に背伸びしたものなのか。
    それとも、
    現実から大きく外れてはいないのか。

    白か黒かではなく、
    グレーの濃さを知りたかった。

    そのための
    ひとつの目安として、
    模試を受けることにしました。

    首都圏模試を選んだ理由

    いくつかある模試の中で、
    首都圏模試を選んだのには、
    理由があります。

    難関校向けというより、
    首都圏の中堅校まで含めた
    幅広い層を対象にしていること。
    基礎から応用まで実力をみやすい。

    受験者は毎回1万人以上。
    偏差値の出方で
    中学受験組全体の
    おおむねの立ち位置がわかること。
    物差しとして使いやすいと考えたからです。

    判断を固めるためではなく、揺らぎを抑えるために

    模試を受けることで、
    判断が固まるとは、
    思っていませんでした。

    むしろ、
    揺らぎすぎている状態を、
    少し抑えたかった。

    自分たちの考えが、
    完全に独りよがりではないと、
    確認したかったのだと思います。

    模試は、
    進路を決める道具ではなく、
    判断を続けるための
    補助線のようなものでした。

    まとめに代えて

    小6から模試を受け始めたのは、
    自信があったからでも、
    覚悟が決まったからでもありません。

    志望校を切り替えた判断を、
    宙に浮かせたままにしないため。

    そして、
    次に何を考えるべきかを
    見失わないためでした。

    この模試の結果が、
    新たな安心をもたらすのか。
    それとも、
    別の迷いを連れてくるのか。

    この時点では、
    まだ分かっていませんでした。

    次の記事では、
    首都圏模試の結果を受けて、
    合格可能性と80%偏差値という
    具体的数字に戸惑った話を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    首都圏模試の合格可能性と80%偏差値に戸惑う|数字の重さに立ち止まった日