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  • 学区と通塾、どちらを優先すべきか|条件では決めきれなくなった段階

    学区と通塾、どちらを優先すべきか|条件では決めきれなくなった段階

    両立できるものと思っていた

    家探しを進める中で、
    だんだんと
    避けて通れない問いが
    浮かび上がってきました。

    それが、
    学区と通塾、
    どちらを優先すべきか、
    という問題でした。

    それまでは、
    何となく両立できるものだと
    思っていました。

    どちらも大事だから

    学区については、
    これまでも
    まったく考えていなかった
    わけではありません。

    いま通っている公立小学校から転校すること。
    引っ越し先の公立小学校の雰囲気。
    周囲の家庭の様子。
    中学受験をしなかった場合のこと。

    一方で、
    通塾のしやすさも
    無視できませんでした。

    夜の帰宅。
    移動にかかる時間。
    体力や生活リズムへの影響。

    どれも大事で、
    どれかを
    簡単に切り捨てられるものではありませんでした。

    両立を前提にしていたが、難しさが見えてきた

    最初は、
    学区も通塾も、
    どちらも満たせる場所が
    あるはずだと考えていました。

    夜遅く、長男が寝たあと
    不動産サイトを開き
    条件を入れて探す。
    エリアを少し動かす。

    日々物件を見ていると、
    その前提が
    少しずつ揺らいできました。

    学区を優先すると、
    通塾が遠くなる。
    通塾を優先すると、
    学区が気になる。

    そんな組み合わせが、
    目につくようになってきました。

    どちらを選ぶかではなく、何を怖れているのか

    この頃から、
    単なる条件の問題では
    ない気がしていました。

    学区を重視するのは、
    子どもが安心して
    通える場所を大切にしたい、
    という気持ちから。

    通塾を重視するのは、
    いま取り組んでいる受験を
    できるだけ
    無理のない形で続けたい、
    という気持ちから。

    どちらも、
    不安の裏返しでした。

    家族とも話した

    このテーマは、
    家族の中でも
    何度か話題には上りました。

    ただ、
    はっきりとした結論を
    出そうとしていた
    わけではありません。

    「どう思う?」
    「難しいね」

    そんなやり取りで、
    話が終わることも
    多かったです。

    言葉にすると、
    どちらかを
    選ばなければならない気がして、
    踏み込めずにいました。

    まとめに代えて

    学区と通塾、
    どちらを優先すべきかという問いは、
    この時点では
    答えが出ていませんでした。

    ただ、
    家探しの軸が
    少しずつ
    条件から価値観へ
    移り始めていた。

    そんな感覚は、
    確かにありました。

    次の記事では、
    家探しと中学受験の準備が
    同時に進んでいく中で、
    生活全体が
    どれだけ大変になっていったかを書きます。

    時間も気力も、
    余裕がなくなっていった頃の話です。

    ▼ 次の記事
    家探しと中学受験準備が重なって大変だった

  • 家探しの進め方が分からなくなっていた頃|手応えが消えた段階

    家探しの進め方が分からなくなっていた頃|手応えが消えた段階

    新着物件を見ても、気になる物件を見ても

    家探しを始めてしばらく経った頃、
    ふと、
    手が止まる瞬間が増えていました。

    やっていることは、
    これまでと変わりません。

    不動産サイトを開く。
    条件を入れる。
    新着物件をまず見る。
    気になる物件もチェック。

    それなのに、
    前に進んでいる感じが、
    あまりしなくなっていました。

    条件を動かしても、感触が変わらなかった

    価格を少し動かす。
    エリアを少し広げる。
    築年数の条件を緩める。

    どこを動かしても、
    手応えがありませんでした。

    候補が増えても、
    安心する感じはない。
    減っても、
    納得できる理由が見つからない。

    そんな状態でした。

    「これで合っているのか」が分からなくなっていた

    この頃から、
    家探しの基準そのものが、
    少し曖昧になっていました。

    何を優先しているのか。
    どれだったら後回しにしていいのか。

    自分たちで決めたはずの条件が、
    本当に正しいのかどうか、
    自信が持てなくなっていたのです。

    いま振り返ると、
    物件ではなく、
    探し方に迷っていた時期だったと思います。

    進めているのに、前に進んでいない感覚

    時間は使っていました。
    情報も増えていました。
    それなりにエリアの物件については
    詳しくなってきた気がしていました。
    それでも、
    「決断に近づいている」
    という感覚はありません。

    むしろ、
    選択肢が増えるほど、
    考えることが増えていく。

    そんな循環に、
    知らないうちに
    入り込んでいました。

    まとめに代えて

    この時点では、
    疲れていたわけではありません。

    家探しをやめようと
    思っていたわけでもありません。

    ただ、
    どう進めればいいのかが、
    分からなくなっていました。

    手応えが消えて、
    方向感覚が
    曖昧になっていた段階です。

    次の記事では、
    家探しを進める中で
    「学区」と「通塾」、
    どちらを優先すべきか
    本気で悩み始めた頃の話を書きます。

    環境を選ぶ基準が、
    さらに揺れ始めたタイミングです。

    ▼ 次の記事
    学区と通塾、どちらを優先すべきか悩んだ話

  • 6000万円台で都内の家は現実的か|最初に直面した壁

    6000万円台で都内の家は現実的か|最初に直面した壁

    まだ条件はあいまい

    家探しを考え始めた当初は、
    「探せば、どこかにはあるだろう」
    そんな感覚を持っていました。

    条件は、
    まだ曖昧でした。
    エリアも、
    細かく詰めていたわけではありません。

    それでも、
    「6000万円台くらいまでなら」
    という感覚だけは、
    なんとなく頭の中にありました。

    「6000万円台」という感覚の正体

    この金額を、
    きちんと計算して出していたわけではありません。

    住宅ローンの返済額。
    教育費のこと。
    日々の生活費。

    いまと同等の生活ができればいいかな
    という漠然とした感覚がありました。

    それらを
    一つひとつ並べたというより、
    重ね合わせた結果、
    「このあたりまでなら」
    と思っていた、という感じです。

    いま振り返ると、
    根拠はかなり感覚的でした。

    条件を入れるたびに、候補が減っていった

    不動産サイトを見始めて、
    最初にやったのは、
    条件を入れて検索することでした。

    価格帯。
    エリア。
    間取り。

    条件を入れて、
    検索ボタンを押す。

    表示される件数を見て、
    少し戸惑いました。

    思っていたより、
    数が少ない。

    あっても、
    写真を見た瞬間に
    「何か違う」と感じるものが多くありました。

    「探し方が悪いのでは」と思っていた頃

    この段階では、
    「現実的ではない」とは
    まだ思っていませんでした。

    むしろ、
    探し方が悪いのではないか。
    見方が足りないのではないか。

    そう考えていました。

    エリアを少し広げてみる。
    築年数の条件を動かしてみる。

    ただ、
    どこかを動かすと、
    別の違和感が出てくる。

    そんなことの繰り返しでした。

    「あるはずなのに、しっくりこない」

    条件を緩めれば、
    候補は増えます。

    価格を上げれば、
    選択肢も増えます。

    それでも、
    「これだ」と思える感覚は
    なかなか出てきませんでした。

    あるはずなのに、
    見つからない。

    そんな違和感が、
    少しずつ積み重なっていきました。

    まとめに代えて

    この時点では、
    6000万円台が
    現実的かどうかを
    判断していたわけではありません。

    ただ、
    思っていたよりも
    簡単ではない、
    という感触だけはありました。

    「探せば見つかる」
    そう思っていた感覚が、
    少しずつ揺らぎ始めていた頃です。

    次回予告

    次の記事では、
    家探しを始めて間もない頃に
    最初に感じた
    「思っていたのと違う」という壁について書きます。

    条件を入れると候補が減り、
    探せば見つかるはずだと思っていた感覚が
    少しずつ揺らぎ始めた頃の話です。

    まだ疲れているわけでも、
    立ち止まろうとしているわけでもありません。

    ただ、
    「あれ?」という引っかかりが
    はっきりと出てきた段階でした。

    ▼ 次の記事
    家探しの進め方が分からなくなっていた頃|手応えが消えた段階

  • 家探しで絶対に譲れなかった条件|最初に頭にあったこと

    家探しで絶対に譲れなかった条件|最初に頭にあったこと

    整理できていたわけではないけれど

    マンションを前提に、

    家のことを考え始めた頃、

    いくつかの条件が

    ぼんやりと頭に浮かんでいました。

    ただし、

    この時点では

    チェックリストのように

    整理できていたわけではありません。

    「これだけは外したくないかもしれない」

    そんな感覚が、

    点のように散らばっていた、

    というほうが近いです。

    「変えすぎない」ことが前提にあった

    最初にあったのは、

    生活を大きく変えすぎたくない、

    という感覚でした。

    通勤の流れ。

    買い物の場所。

    日々の動線。

    住んでいるマンションは

    日用品の買い出しや医療へのアクセスに

    あまり困ることはありませんでした。

    生活に大きな不満があるわけではない。

    だからこそ、

    住まいを変えるとしても、

    急にすべてを変えるのは

    避けたいと思っていました。

    通学・通塾の負担は増やしたくなかった

    受験とは切り離して考えていたつもりでも、

    通学や通塾のことが

    頭から完全に消えることはありませんでした。

    夜の帰宅。

    移動にかかる時間。

    体調が悪い日のこと。

    小学校までは歩いて10分ほど

    塾は電車を乗り継ぎ30分〜40分

    「これ以上、

    移動の負担は増やしたくない」

    はっきり言葉にしていたわけではありませんが、

    そんな感覚はありました。

    家族全員の生活が回ることを優先していた

    家探しは、

    長男のためだけに

    考えていたわけではありません。

    家族全員が、

    無理なく生活できるかどうか。

    仕事との両立。

    家事の負担。

    生活リズム。

    帰宅時間にばらつきがあり、

    家事や育児の分担が固定しにくかった面がありました。

    誰か一人だけが

    無理をする形は、

    できれば避けたい。

    その気持ちは、

    この頃からありました。

    「正しい条件」だとは思っていなかった

    こうして並べてみると、

    それなりに条件のように

    見えるかもしれません。

    ただ、

    当時はこれが正しい条件だとは

    思っていませんでした。

    あくまで、

    その時点での感覚です。

    あとから変わるかもしれない。

    考え直すかもしれない。

    そんな前提のまま、

    とりあえず頭の中に

    置いていただけでした。

    まとめに代えて

    家探しの最初にあった条件は、

    はっきりとしたものではありませんでした。

    「これだけは譲れない」

    と断言できるほど、

    整理されていなかったと思います。

    ただ、

    生活を壊さずに続けたい、

    という軸だけは、

    なんとなく共有できていました。

    この曖昧な条件が、

    この先、

    どう変わっていくかは想像もできませんでした。

    次の記事では、

    こうした条件を頭に置いたまま、

    実際に家探しを始めたとき、

    最初に直面した壁について書きます。

    「探せば見つかる」と

    思っていた頃の話です。

    ▼ 次の記事

    6000万円台で都内の家は現実的か|最初に直面した壁

  • 最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

    最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

    住み替えるならマンションだろう

    家探しのことを考え始めたとき、
    最初に思い浮かんでいたのは、
    マンションでした。

    戸建てか、マンションか。
    そんな二択を真剣に考える以前に、
    「住み替えるなら、まずはマンションだろう」
    という感覚がありました。

    いま振り返ると、
    それは明確な理由というより、
    自然にそう思っていた、
    という程度のものでした。

    「いまの延長線上」で考えていた住まい

    当時住んでいたのは、
    賃貸のマンションでした。

    築約30年、2LDK、約50㎡、駅から5分以内。

    生活そのものに、
    大きな不満があったわけではありません。

    だからこそ、
    家を考えるとしても、
    いまの延長線上で想像していました。

    同じような立地。
    同じような広さ。
    同じような生活動線。

    大きく変える、
    という発想は、
    この時点ではありませんでした。

    マンションのほうが現実的だと思っていた

    マンションを思い浮かべた理由を、
    当時ははっきり言葉にしていませんでした。

    ただ、
    なんとなく現実的に感じていました。

    戸建ては管理が大変そう。
    修繕や維持に手間がかかりそう。

    そんな印象を、
    漠然と持っていました。

    一方で、
    マンションなら管理は任せられる。
    セキュリティ面も安心できそう。
    これまでの生活とも大きく変わらない。

    いま振り返ると、
    「変えすぎない」ことを
    無意識に選んでいたのかもしれません。

    立地や通学環境は、まだ曖昧だった

    この段階では、
    具体的なエリアや条件を
    細かく詰めていたわけではありません。

    駅やスーパーなど
    できれば今の生活圏に
    住めたらいいなという程度です。

    通学や通塾のことも、
    気にはなっていました。

    ただ、
    それをどう評価するかまでは、
    まだ整理できていませんでした。

    「便利なほうがいい」
    「通いやすいほうがいい」

    その程度の、
    かなり曖昧なイメージでした。

    「買うかどうか」より「どう暮らすか」を考えていた

    この頃は、
    家を買うかどうかを
    決めようとしていたわけでもありません。

    将来どうするか。
    いつ買うか。
    本当に買うのか。

    そうした問いよりも、
    「この先、どう暮らしたいのか」
    という感覚のほうが、
    少しずつ前に出てきていました。

    マンションという選択肢も、
    その延長線上にありました。

    何かを決めるためというより、
    考え始めるための入り口、
    そんな位置づけだったように思います。

    まとめに代えて

    家探しの最初の出発点は、
    とても曖昧なものでした。

    最初から、
    明確な条件があったわけでもありません。

    ただ、
    「いまの生活の延長で考えるなら」
    という前提のもとで、
    マンションを思い浮かべていました。

    この時点では、
    それが正しいかどうかも、
    わからないままでした。

    次の記事では、
    マンションを前提に考え始めたとき、
    どんな条件だけは
    譲れないと思っていたのかを書きます。

    まだ探し始める前の、
    かなり初期の話です。

    ▼ 次の記事
    家探しで絶対に譲れなかった条件|最初に頭にあったこと

  • 教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

    教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

    この生活環境でいいのだろうか

    いま振り返ると、
    家探しの話は中学受験とは
    少し違う時間軸で動き始めていました。

    小5の頃、
    受験のことで頭がいっぱいだったはずなのに、
    ふと別のことが気になる瞬間がありました。

    それは、
    「この生活環境でいいのだろうか」
    という、はっきりしない違和感でした。

    当時は、
    中学受験と家探しが
    どう結びつけていいものか、
    自分でも整理できていませんでした。

    受験とは別にあった、環境への引っかかり

    中学受験を考え始めたのは
    小3の終わりでした。

    一方で、
    住まいのことは、
    それより前から頭の片隅にありました。

    家探しを意識し始めたのは
    長男が小学校に入学する前です。

    中学受験の勉強がうまく回らないから
    家を探そうと思った、
    という順番ではありません。

    ただ、賃貸マンションに住んでいて、
    生活の環境については
    どこかひっかかりを覚えるようになってきました。

    気になり始めた「通う」「暮らす」という条件

    受験勉強が回らなくなっていく中で、
    通塾や通学のことが
    以前より目につくようになっていました。

    夜遅い帰宅。
    移動にかかる時間。
    雨の日や体調が悪い日のこと。

    塾までは電車を乗り継いで
    ドアtoドアで30~40分ほど
    塾の授業時間によっては
    22時近くになる。

    勉強そのものとは別に、
    生活として無理が出ていないか。
    そんな視点が、
    少しずつ混ざってきていました。

    「もしも」の先を考えるようになっていた

    この頃から、
    「もしも」という言葉が
    頭に浮かぶことが増えました。

    もし、このまま受験が
    思うように進まなかったら。
    もし、途中で見直すことになったら。

    そのとき、
    この環境で
    長男は大丈夫なのだろうか。

    当時は、
    はっきりした答えを
    求めていたわけではありません。

    ただ、
    考えずにいられなくなっていた、
    という状態でした。

    まとめに代えて

    家探しを考え始めた理由を、
    一言で説明することはできません。

    受験が原因だった、
    とも言い切れません。

    ただ、
    生活全体を見たときに、
    このままでいいのか、
    と立ち止まる瞬間が増えていました。

    その感覚が、
    少しずつ、
    家というテーマに
    向かっていったのだと思います。

    次の記事では、
    家探しを考え始めた当初、
    どんな前提や条件を
    大事にしていたのかを書きます。

    まだ具体的に
    動き出す前の、
    かなり初期の話です。

    ▼ 次の記事
    最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

  • それでも追いつかなかった理由|回らなくなっていた日常

    それでも追いつかなかった理由|回らなくなっていた日常

    できることは増やしたつもりだったけれど

    小5の1年間は、
    ずっと同じ場所をぐるぐると回り続けている感覚でした。

    前に進んでいるはずなのに、
    終わりが見えない。

    そんな日が続いていました。

    習い事をやめました。
    家で勉強を見る時間も増やしました。

    当時の長男の様子を見て、
    できることは一つずつ増やしていたつもりです。

    それでも、
    状況はよくなりませんでした。

    いま振り返ると、
    努力や気持ちの問題だと
    帰結させようという気持ちも少なからずありました。

    習い事をすべてやめても余裕は生まれなかった

    三つの習い事をすべてやめて、
    机に向かう時間は増えました。

    ただ、
    「とても回しきれない」状況は
    ほとんど変わりませんでした。

    とにかく算数に時間がかかる。
    国語や理科、社会は後回しになります。

    別の教科を進めると、
    算数の予習が間に合わない。

    一つを守ると、
    どこかが必ず抜ける。

    そんな感覚でした。

    家庭フォローを増やしても追いつかなかった

    家で勉強を見る時間も、
    明らかに増えていきました。

    どこがわからないか確認する。
    例題を教えながら解き直す。
    でもこれをやると1問に1時間くらいかかる。
    その時間が日々の暮らしを圧迫しているように感じました。

    やっていること自体は、
    間違っていなかったと思います。

    ただ、
    塾の進度は止まりませんでした。

    次の授業では、
    次の単元に進みます。

    宿題も、
    次の範囲で出ます。

    理解を追いつかせようとしている頃には、
    塾ではもう次の山に登り、
    むしろ下り始めている段階。

    「わかりそうだったのに、
    次の情報が入ってきてもうわからない」

    そんな状態が続いていました。

    増えていった「白紙」

    この頃から、
    テキストや問題集が「白紙」
    ということが増えました。

    最初は、
    疲れているだけだと思っていました。

    ただ、
    様子を見ていると、
    それだけではない。

    わからないまま授業を受ける日がある。
    わからないから宿題が終わらない。
    わからないまま、次の授業が来る。

    だからテキストや問題を見たくない。
    いま振り返ればそういうことだったのです。

    当時は、
    そこまで整理できていませんでした。

    答えを写すような行動が出たのも、
    急な変化ではありませんでした。

    時間なのか。
    やり方なのか。
    気持ちの問題なのか。

    ただ、
    何を足して、
    何を引けばいいのか、
    もう完全にわからなくなっていました。

    まとめに代えて

    この時期は、
    努力していなかったとは思えませんでした。

    むしろ、
    つらそうな顔をしながら、ときには泣きながら
    一生懸命長男はやっていました。

    それでも、
    追いつかなかった。

    この状態が続くことへの不安が、
    とても重くなっていました。

    次の記事では、
    こうした状況と並行して、
    教育環境のことを考えながら
    家探しを始めていた頃の話を書きます。

    中学受験が
    うまくいくかどうかとは切り離して、
    生活の土台として
    何を見ていたのか、という話です。

    ▼ 次の記事
    教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

  • 習い事をすべてやめた判断|それでも追いつかなかった理由

    習い事をすべてやめた判断|それでも追いつかなかった理由

    何かを減らさなければならないと思った

    算数以外の教科にも
    無理が広がっていると感じ始めた頃、
    私の中で
    一つの考えが繰り返し浮かぶようになっていました。

    「このままでは回らない」

    ただ、
    何をどう変えればいいのかは、
    まだはっきりしていませんでした。

    塾を変える、という判断には
    まだ至っていない。
    勉強のやり方をどう変えればいいかも
    わからない。

    けれど、
    今の生活のままでは
    どこかで間違いなく破綻する。

    そう感じていたのは、
    確かです。

    まず思い浮かんだのは「時間をつくること」だった

    当時、
    長男はいくつかの習い事をしていました。

    どれも、
    本人が嫌がっていたわけではありません。
    むしろ、
    気分転換になっているものもありました。

    それでも、
    日々の様子を見ていると、
    「時間が足りない」
    という感覚が
    どうしても拭えませんでした。

    算数に時間がかかる。
    国語・理科・社会も
    最低限はやらなければならない。

    その上で、
    習い事がある。

    1週間に、
    余白がほとんどない。

    「まずは時間を確保しよう」
    そう考えるようになりました。

    習い事をやめることへの迷い

    習い事をやめる、
    という選択は、
    簡単ではありませんでした。

    長男は習い事を三つしていました。
    どれも本人が「やりたい」と言って続けてきたもの。
    一つはもう5年以上。
    ほかも2年ほど続けていました。
    「まあ楽しいよ」
    それぞれに対する長男の反応は
    このような感じでした。

    「これが一生続けるような趣味になれば」
    という私たちの気持ちもありました。

    中学受験をするから、
    すべてを我慢しなければならない。
    そういう考え方には、
    はっきりと抵抗がありました。

    一方で、
    このまま続ければ、
    勉強も習い事も
    中途半端になる。

    その可能性も、
    見えていました。

    話し合いの末に出した結論

    最終的には、
    長男と私たち両親で話し合いました。

    「一つだけ残すか」
    「時期を区切るか」
    「今だけ休む、という形にするか」

    いくつかの案を出しながら、
    考え続けました。

    そして、
    まず、「勉強」に近い習い事をやめる。
    区切りのいいタイミングで、
    長く続けてきたものと、息抜きにもなっていたものの
    二つもやめる。
    という判断をしました。

    受験が終わったら
    もしくは
    もう少し塾の予習復習に余裕が出たら
    長男が望めば
    再開しようという条件でした。

    長男も
    「習い事もあるとちょっと大変になっていた」
    と話してくれました。
    塾だけでなく、習い事も中途半端になっていることに
    本人なりに葛藤があったのです。
    習い事自体を楽しめなくなってきていたようです。

    一時的には、確かに楽になった

    習い事をやめると、
    時間には余裕ができました。

    習い事自体はそれぞれ週に1回
    30分~90分程度です。
    それでも移動の時間があるのでやはり負荷は高い。
    平日と週末に
    塾と習い事、どちらもない日ができました。

    体力的にも、
    気持ちの上でも、
    一時的には楽になったと思います。

    「これで少しは落ち着くかもしれない」

    正直、
    そんな期待もありました。

    それでも、状況は大きく変わらなかった

    ただ、
    時間が増えたからといって、
    すべてが解決したわけではありませんでした。

    算数は、
    相変わらず重い。
    国語・理科・社会も、
    余裕を持って取り組めるほどにはならない。

    時間は確保できた。
    けれど、
    「回らない感じ」
    そのものは、
    消えなかったのです。

    ここで初めて、
    私の中に、
    別の考えが浮かびました。

    「問題は、時間だけではないのかもしれない」

    まとめに代えて

    習い事をすべてやめる、
    という判断は、
    当時の私たちなりに
    考え抜いたものでした。

    長男のそれまでの積み重ねとこれからを
    断つ可能性もある
    かなり重い決断だと
    感じていました。

    ただ、
    それでも追いつかなかった。

    この事実は、
    後になって振り返ると、
    とても重要だったように思います。

    時間を増やせば解決する。
    そういう問題ではなかった。

    次の記事では、
    習い事をやめてもなお続いた
    「追いつかない感覚」が、
    どのように
    はっきりした形になっていったのかを、
    振り返ります。

    ▼ それでも追いつかなかった理由

  • 国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた|一教科の問題ではなくなった頃

    国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた|一教科の問題ではなくなった頃


    算数だけの話ではなくなっていると感じ始めた

    答えを写しているかもしれない、
    という出来事があってからも、
    算数の勉強そのものは
    すぐに変わったわけではありません。

    ただ、
    その前後あたりから、
    少しずつ、
    算数以外の教科にも
    違和感が広がっていきました。

    最初は、
    「たまには仕方ないよね」
    「今は算数が大変だから」
    そう考えていました。

    けれど、
    いま振り返るとこの頃から、
    中学受験対策全体が、
    同時に重くなり始めていたように思います。

    国語が「後回し」になっていった

    算数に時間がかかるようになると、
    まず影響を受けたのが、
    国語でした。

    国語の宿題は、
    毎日、必ず1~2ページ(30題程度)ある漢字。
    それに加えて、
    文章題や四字熟語など言葉の問題。

    一つひとつは、
    そこまで重いものではありません。

    ただ、
    算数に予定以上の時間を取られると、
    どうしても後回しになります。

    漢字は同じ文字(熟語)を4回書くのですが
    3回になり、2回になり、白紙のときも。

    「とりあえずはやったような感じにする」
    そんな扱い方に、
    少しずつ変わっていきました。

    理科・社会は「手をつけきれない教科」になった

    理科と社会は、
    週に1回ずつの授業でした。

    次の授業までに、
    予習をして、
    基本問題を解く。

    スケジュール上は、
    算数ほどの分量ではありません。

    それでも、
    算数と国語で手一杯になると、
    後回しにされがちでした。

    理科は天体や滑車、バネなど
    少々複雑だったり
    覚えるところが多かったり、
    計算が必要なものが手つかずになる。

    社会は白地図や年表などが書ききれずに残る。

    「まずは算数だから、それが落ち着いたら理科社会も力を入れよう」

    そんな言葉を、
    何度も口にしていた気がします。

    どの教科も「中途半端」になっていく感覚

    算数は、
    理解が追いつかない。

    国語は、
    時間が足りない。

    理科・社会は、
    手をつけきれない。

    一つひとつを見ると、
    大きな問題ではないようにも見えます。

    けれど、
    全体として見ると、
    どの教科も
    「十分に向き合えていない」
    状態になっていました。

    テスト前の対策をするにしても
    すべての科目のテスト範囲を総ざらいするのは不可能。
    「なにを捨てるか」
    を毎回、毎回考えていました。

    頑張っているのに、
    積み上がっている感じがしない。

    そんな空気が、
    家の中に漂っていました。

    中学受験対策が「回らなくなっている」という実感

    この頃、
    はっきりと感じていたのは、
    「ちょっと厳しい」
    という感覚です。

    算数だけを立て直せば、
    元に戻る。
    そんな単純な話では
    なくなっていました。

    時間の使い方。
    宿題の位置づけ。
    家庭でのフォロー。

    それぞれが、
    少しずつズレたまま、
    無理に回っている。
    いや、回っているように見えているだけ。

    中学受験対策全体が、
    綱渡りのような状態に
    なっていたのだと思います。

    まとめに代えて

    算数から始まった違和感は、
    この頃には、
    国語・理科・社会にも
    広がっていました。

    どの教科も、
    決定的に崩れたわけではありません。

    ただ、
    どれも
    余裕を失っていた。

    その状態が続くことで、
    中学受験対策全体が、
    少しずつ
    回らなくなっていった。

    そんな時期だったのだと思います。

    この時点では、
    まだ
    「何を変えればいいのか」
    は見えていませんでした。

    ただ、
    このまま続けるのは
    難しい。

    その感覚は、はっきりとありました。

    次の記事では、
    こうした状況の中で、
    習い事をすべてやめる
    という判断に至った経緯について、
    振り返ります。

    ▼ 習い事をすべてやめた判断

  • 答えを写すようになったときのショック|気づいた瞬間に感じた違和感

    答えを写すようになったときのショック|気づいた瞬間に感じた違和感

    ある日、いつもと違う様子に気づいた

    算数に取りかかるまでに
    時間がかかるようになり、
    「できない」という言葉が
    増えていた頃のことです。

    その日も、
    長男は机に向かっていました。

    テキストを開き、
    ノートも出している。
    一見すると、
    いつもと変わらない光景でした。

    ただ、
    ふとした瞬間に、
    違和感を覚えました。

    解いているはずなのに、考えていない

    問題は進んでいる。
    ノートには式も書いてある。

    「おおすごい。かなり進んでるじゃん」
    そんな声をかけたのを覚えています。

    けれど、
    その書き方が、
    どこか不自然な気がしました。

    ふだんはノートの余白に書いている
    式の途中で必要になる筆算が書かれていない。

    「どうやって解いたの?」
    と聞くと、
    返ってくる答えは、
    とても曖昧でした。

    説明しようとすると、
    ノートに書かれた式をそのまま言うだけ。

    そのとき、
    血の気が引くような感覚が走りました。

    答えを写しているかもしれない、という疑い

    最初は、
    気のせいだと思おうとしました。

    筆算は別の紙に書いただけかもしれない
    たまたま今日は、
    考え方を説明する気分では
    なかったのかもしれない。

    けれど、
    同じような場面が、
    何度か続きました。

    図形の問題で
    平行線や錯角などわかった角度を図形に書きこんでいかないと
    明らかに解けない問題。
    それらがないのに
    答えだけは書かれている。
    しかもすべて正解。

    「もしかして……」
    そう思った瞬間、
    頭の中が、
    一気にざわつきました。

    責めたい気持ちと、責められない理由

    答えを写しているとしたら、
    それは
    望ましい行動ではありません。

    というより
    一番避けなければならない状況だったはずです。

    親としては、
    注意すべきことです。
    「それをしたってなんにも学びにならない」
    怒りたくなる感情もわき上がります。

    ただ、
    「できない」「わからない」が増えていた状況です。
    算数を勉強する時間が
    長男にとって憂鬱な時間になっていた。

    ここまで追い込まれていた中で、
    「とにかく終わらせたい」
    と思う気持ちが
    生まれても不思議ではない。

    妻と話すとそんな言葉がありました。
    本当にその通りですよね。

    親として感じた、別のショック

    ショックだったのは、
    「答えを写していたかもしれない」
    という事実そのものよりも、
    それに
    気づくまでの自分でした。

    いつから、
    こうなっていたのか。
    もっと早く、
    何かできたのではないか。

    そんな思いが、
    次々と浮かんできます。

    とにかく
    宿題をできるだけ終わらせることが大事
    宿題をすれば
    なんとか授業にも追いつけるだろう
    本来の宿題の目的は「理解」のはずなのに
    もはや目的と手段が入れ替わっていた。
    それに気づかなかった。
    かえって長男を追い詰めてしまっていた。

    この出来事は、
    算数の問題というより、
    置かれている状況が危機的であるということを
    強く突きつけられたような
    感覚でした。

    まとめに代えて

    答えを写すという行動は、
    決して
    褒められるものではありません。

    ただ、
    それは
    突然現れたものではなく、
    これまで積み重なってきた
    状況の延長線上に
    あったように思います。

    わからない。
    追いつかない。
    それでも終わらせなければならない。

    その中で、
    選ばれてしまった
    一つの行動だったのではないでしょうか。

    この時点では、
    まだ
    「どうするべきか」
    という答えは
    出せていませんでした。

    ただ、
    算数の問題を超え、
    中学受験対策全体が崩れ始めている。

    そんな感覚だけは、
    はっきりと残っていました。

    次の記事では、
    算数だけで起きていた変化が、
    少しずつ
    他の教科にも
    広がっていった様子について、
    振り返ります。

    ▼国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた