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  • 最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

    最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

    住み替えるならマンションだろう

    家探しのことを考え始めたとき、
    最初に思い浮かんでいたのは、
    マンションでした。

    戸建てか、マンションか。
    そんな二択を真剣に考える以前に、
    「住み替えるなら、まずはマンションだろう」
    という感覚がありました。

    いま振り返ると、
    それは明確な理由というより、
    自然にそう思っていた、
    という程度のものでした。

    「いまの延長線上」で考えていた住まい

    当時住んでいたのは、
    賃貸のマンションでした。

    築約30年、2LDK、約50㎡、駅から5分以内。

    生活そのものに、
    大きな不満があったわけではありません。

    だからこそ、
    家を考えるとしても、
    いまの延長線上で想像していました。

    同じような立地。
    同じような広さ。
    同じような生活動線。

    大きく変える、
    という発想は、
    この時点ではありませんでした。

    マンションのほうが現実的だと思っていた

    マンションを思い浮かべた理由を、
    当時ははっきり言葉にしていませんでした。

    ただ、
    なんとなく現実的に感じていました。

    戸建ては管理が大変そう。
    修繕や維持に手間がかかりそう。

    そんな印象を、
    漠然と持っていました。

    一方で、
    マンションなら管理は任せられる。
    セキュリティ面も安心できそう。
    これまでの生活とも大きく変わらない。

    いま振り返ると、
    「変えすぎない」ことを
    無意識に選んでいたのかもしれません。

    立地や通学環境は、まだ曖昧だった

    この段階では、
    具体的なエリアや条件を
    細かく詰めていたわけではありません。

    駅やスーパーなど
    できれば今の生活圏に
    住めたらいいなという程度です。

    通学や通塾のことも、
    気にはなっていました。

    ただ、
    それをどう評価するかまでは、
    まだ整理できていませんでした。

    「便利なほうがいい」
    「通いやすいほうがいい」

    その程度の、
    かなり曖昧なイメージでした。

    「買うかどうか」より「どう暮らすか」を考えていた

    この頃は、
    家を買うかどうかを
    決めようとしていたわけでもありません。

    将来どうするか。
    いつ買うか。
    本当に買うのか。

    そうした問いよりも、
    「この先、どう暮らしたいのか」
    という感覚のほうが、
    少しずつ前に出てきていました。

    マンションという選択肢も、
    その延長線上にありました。

    何かを決めるためというより、
    考え始めるための入り口、
    そんな位置づけだったように思います。

    まとめに代えて

    家探しの最初の出発点は、
    とても曖昧なものでした。

    最初から、
    明確な条件があったわけでもありません。

    ただ、
    「いまの生活の延長で考えるなら」
    という前提のもとで、
    マンションを思い浮かべていました。

    この時点では、
    それが正しいかどうかも、
    わからないままでした。

    次の記事では、
    マンションを前提に考え始めたとき、
    どんな条件だけは
    譲れないと思っていたのかを書きます。

    まだ探し始める前の、
    かなり初期の話です。

    ▼ 次の記事
    家探しで絶対に譲れなかった条件|最初に頭にあったこと

  • 教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

    教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

    この生活環境でいいのだろうか

    いま振り返ると、
    家探しの話は中学受験とは
    少し違う時間軸で動き始めていました。

    小5の頃、
    受験のことで頭がいっぱいだったはずなのに、
    ふと別のことが気になる瞬間がありました。

    それは、
    「この生活環境でいいのだろうか」
    という、はっきりしない違和感でした。

    当時は、
    中学受験と家探しが
    どう結びつけていいものか、
    自分でも整理できていませんでした。

    受験とは別にあった、環境への引っかかり

    中学受験を考え始めたのは
    小3の終わりでした。

    一方で、
    住まいのことは、
    それより前から頭の片隅にありました。

    家探しを意識し始めたのは
    長男が小学校に入学する前です。

    中学受験の勉強がうまく回らないから
    家を探そうと思った、
    という順番ではありません。

    ただ、賃貸マンションに住んでいて、
    生活の環境については
    どこかひっかかりを覚えるようになってきました。

    気になり始めた「通う」「暮らす」という条件

    受験勉強が回らなくなっていく中で、
    通塾や通学のことが
    以前より目につくようになっていました。

    夜遅い帰宅。
    移動にかかる時間。
    雨の日や体調が悪い日のこと。

    塾までは電車を乗り継いで
    ドアtoドアで30~40分ほど
    塾の授業時間によっては
    22時近くになる。

    勉強そのものとは別に、
    生活として無理が出ていないか。
    そんな視点が、
    少しずつ混ざってきていました。

    「もしも」の先を考えるようになっていた

    この頃から、
    「もしも」という言葉が
    頭に浮かぶことが増えました。

    もし、このまま受験が
    思うように進まなかったら。
    もし、途中で見直すことになったら。

    そのとき、
    この環境で
    長男は大丈夫なのだろうか。

    当時は、
    はっきりした答えを
    求めていたわけではありません。

    ただ、
    考えずにいられなくなっていた、
    という状態でした。

    まとめに代えて

    家探しを考え始めた理由を、
    一言で説明することはできません。

    受験が原因だった、
    とも言い切れません。

    ただ、
    生活全体を見たときに、
    このままでいいのか、
    と立ち止まる瞬間が増えていました。

    その感覚が、
    少しずつ、
    家というテーマに
    向かっていったのだと思います。

    次の記事では、
    家探しを考え始めた当初、
    どんな前提や条件を
    大事にしていたのかを書きます。

    まだ具体的に
    動き出す前の、
    かなり初期の話です。

    ▼ 次の記事
    最初はマンションを考えていた|家探しの出発点

  • それでも追いつかなかった理由|回らなくなっていた日常

    それでも追いつかなかった理由|回らなくなっていた日常

    できることは増やしたつもりだったけれど

    小5の1年間は、
    ずっと同じ場所をぐるぐると回り続けている感覚でした。

    前に進んでいるはずなのに、
    終わりが見えない。

    そんな日が続いていました。

    習い事をやめました。
    家で勉強を見る時間も増やしました。

    当時の長男の様子を見て、
    できることは一つずつ増やしていたつもりです。

    それでも、
    状況はよくなりませんでした。

    いま振り返ると、
    努力や気持ちの問題だと
    帰結させようという気持ちも少なからずありました。

    習い事をすべてやめても余裕は生まれなかった

    三つの習い事をすべてやめて、
    机に向かう時間は増えました。

    ただ、
    「とても回しきれない」状況は
    ほとんど変わりませんでした。

    とにかく算数に時間がかかる。
    国語や理科、社会は後回しになります。

    別の教科を進めると、
    算数の予習が間に合わない。

    一つを守ると、
    どこかが必ず抜ける。

    そんな感覚でした。

    家庭フォローを増やしても追いつかなかった

    家で勉強を見る時間も、
    明らかに増えていきました。

    どこがわからないか確認する。
    例題を教えながら解き直す。
    でもこれをやると1問に1時間くらいかかる。
    その時間が日々の暮らしを圧迫しているように感じました。

    やっていること自体は、
    間違っていなかったと思います。

    ただ、
    塾の進度は止まりませんでした。

    次の授業では、
    次の単元に進みます。

    宿題も、
    次の範囲で出ます。

    理解を追いつかせようとしている頃には、
    塾ではもう次の山に登り、
    むしろ下り始めている段階。

    「わかりそうだったのに、
    次の情報が入ってきてもうわからない」

    そんな状態が続いていました。

    増えていった「白紙」

    この頃から、
    テキストや問題集が「白紙」
    ということが増えました。

    最初は、
    疲れているだけだと思っていました。

    ただ、
    様子を見ていると、
    それだけではない。

    わからないまま授業を受ける日がある。
    わからないから宿題が終わらない。
    わからないまま、次の授業が来る。

    だからテキストや問題を見たくない。
    いま振り返ればそういうことだったのです。

    当時は、
    そこまで整理できていませんでした。

    答えを写すような行動が出たのも、
    急な変化ではありませんでした。

    時間なのか。
    やり方なのか。
    気持ちの問題なのか。

    ただ、
    何を足して、
    何を引けばいいのか、
    もう完全にわからなくなっていました。

    まとめに代えて

    この時期は、
    努力していなかったとは思えませんでした。

    むしろ、
    つらそうな顔をしながら、ときには泣きながら
    一生懸命長男はやっていました。

    それでも、
    追いつかなかった。

    この状態が続くことへの不安が、
    とても重くなっていました。

    次の記事では、
    こうした状況と並行して、
    教育環境のことを考えながら
    家探しを始めていた頃の話を書きます。

    中学受験が
    うまくいくかどうかとは切り離して、
    生活の土台として
    何を見ていたのか、という話です。

    ▼ 次の記事
    教育環境を考えて家探しを始めた理由|受験とは別に動き出していたこと

  • 習い事をすべてやめた判断|それでも追いつかなかった理由

    習い事をすべてやめた判断|それでも追いつかなかった理由

    何かを減らさなければならないと思った

    算数以外の教科にも
    無理が広がっていると感じ始めた頃、
    私の中で
    一つの考えが繰り返し浮かぶようになっていました。

    「このままでは回らない」

    ただ、
    何をどう変えればいいのかは、
    まだはっきりしていませんでした。

    塾を変える、という判断には
    まだ至っていない。
    勉強のやり方をどう変えればいいかも
    わからない。

    けれど、
    今の生活のままでは
    どこかで間違いなく破綻する。

    そう感じていたのは、
    確かです。

    まず思い浮かんだのは「時間をつくること」だった

    当時、
    長男はいくつかの習い事をしていました。

    どれも、
    本人が嫌がっていたわけではありません。
    むしろ、
    気分転換になっているものもありました。

    それでも、
    日々の様子を見ていると、
    「時間が足りない」
    という感覚が
    どうしても拭えませんでした。

    算数に時間がかかる。
    国語・理科・社会も
    最低限はやらなければならない。

    その上で、
    習い事がある。

    1週間に、
    余白がほとんどない。

    「まずは時間を確保しよう」
    そう考えるようになりました。

    習い事をやめることへの迷い

    習い事をやめる、
    という選択は、
    簡単ではありませんでした。

    長男は習い事を三つしていました。
    どれも本人が「やりたい」と言って続けてきたもの。
    一つはもう5年以上。
    ほかも2年ほど続けていました。
    「まあ楽しいよ」
    それぞれに対する長男の反応は
    このような感じでした。

    「これが一生続けるような趣味になれば」
    という私たちの気持ちもありました。

    中学受験をするから、
    すべてを我慢しなければならない。
    そういう考え方には、
    はっきりと抵抗がありました。

    一方で、
    このまま続ければ、
    勉強も習い事も
    中途半端になる。

    その可能性も、
    見えていました。

    話し合いの末に出した結論

    最終的には、
    長男と私たち両親で話し合いました。

    「一つだけ残すか」
    「時期を区切るか」
    「今だけ休む、という形にするか」

    いくつかの案を出しながら、
    考え続けました。

    そして、
    まず、「勉強」に近い習い事をやめる。
    区切りのいいタイミングで、
    長く続けてきたものと、息抜きにもなっていたものの
    二つもやめる。
    という判断をしました。

    受験が終わったら
    もしくは
    もう少し塾の予習復習に余裕が出たら
    長男が望めば
    再開しようという条件でした。

    長男も
    「習い事もあるとちょっと大変になっていた」
    と話してくれました。
    塾だけでなく、習い事も中途半端になっていることに
    本人なりに葛藤があったのです。
    習い事自体を楽しめなくなってきていたようです。

    一時的には、確かに楽になった

    習い事をやめると、
    時間には余裕ができました。

    習い事自体はそれぞれ週に1回
    30分~90分程度です。
    それでも移動の時間があるのでやはり負荷は高い。
    平日と週末に
    塾と習い事、どちらもない日ができました。

    体力的にも、
    気持ちの上でも、
    一時的には楽になったと思います。

    「これで少しは落ち着くかもしれない」

    正直、
    そんな期待もありました。

    それでも、状況は大きく変わらなかった

    ただ、
    時間が増えたからといって、
    すべてが解決したわけではありませんでした。

    算数は、
    相変わらず重い。
    国語・理科・社会も、
    余裕を持って取り組めるほどにはならない。

    時間は確保できた。
    けれど、
    「回らない感じ」
    そのものは、
    消えなかったのです。

    ここで初めて、
    私の中に、
    別の考えが浮かびました。

    「問題は、時間だけではないのかもしれない」

    まとめに代えて

    習い事をすべてやめる、
    という判断は、
    当時の私たちなりに
    考え抜いたものでした。

    長男のそれまでの積み重ねとこれからを
    断つ可能性もある
    かなり重い決断だと
    感じていました。

    ただ、
    それでも追いつかなかった。

    この事実は、
    後になって振り返ると、
    とても重要だったように思います。

    時間を増やせば解決する。
    そういう問題ではなかった。

    次の記事では、
    習い事をやめてもなお続いた
    「追いつかない感覚」が、
    どのように
    はっきりした形になっていったのかを、
    振り返ります。

    ▼ それでも追いつかなかった理由

  • 国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた|一教科の問題ではなくなった頃

    国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた|一教科の問題ではなくなった頃


    算数だけの話ではなくなっていると感じ始めた

    答えを写しているかもしれない、
    という出来事があってからも、
    算数の勉強そのものは
    すぐに変わったわけではありません。

    ただ、
    その前後あたりから、
    少しずつ、
    算数以外の教科にも
    違和感が広がっていきました。

    最初は、
    「たまには仕方ないよね」
    「今は算数が大変だから」
    そう考えていました。

    けれど、
    いま振り返るとこの頃から、
    中学受験対策全体が、
    同時に重くなり始めていたように思います。

    国語が「後回し」になっていった

    算数に時間がかかるようになると、
    まず影響を受けたのが、
    国語でした。

    国語の宿題は、
    毎日、必ず1~2ページ(30題程度)ある漢字。
    それに加えて、
    文章題や四字熟語など言葉の問題。

    一つひとつは、
    そこまで重いものではありません。

    ただ、
    算数に予定以上の時間を取られると、
    どうしても後回しになります。

    漢字は同じ文字(熟語)を4回書くのですが
    3回になり、2回になり、白紙のときも。

    「とりあえずはやったような感じにする」
    そんな扱い方に、
    少しずつ変わっていきました。

    理科・社会は「手をつけきれない教科」になった

    理科と社会は、
    週に1回ずつの授業でした。

    次の授業までに、
    予習をして、
    基本問題を解く。

    スケジュール上は、
    算数ほどの分量ではありません。

    それでも、
    算数と国語で手一杯になると、
    後回しにされがちでした。

    理科は天体や滑車、バネなど
    少々複雑だったり
    覚えるところが多かったり、
    計算が必要なものが手つかずになる。

    社会は白地図や年表などが書ききれずに残る。

    「まずは算数だから、それが落ち着いたら理科社会も力を入れよう」

    そんな言葉を、
    何度も口にしていた気がします。

    どの教科も「中途半端」になっていく感覚

    算数は、
    理解が追いつかない。

    国語は、
    時間が足りない。

    理科・社会は、
    手をつけきれない。

    一つひとつを見ると、
    大きな問題ではないようにも見えます。

    けれど、
    全体として見ると、
    どの教科も
    「十分に向き合えていない」
    状態になっていました。

    テスト前の対策をするにしても
    すべての科目のテスト範囲を総ざらいするのは不可能。
    「なにを捨てるか」
    を毎回、毎回考えていました。

    頑張っているのに、
    積み上がっている感じがしない。

    そんな空気が、
    家の中に漂っていました。

    中学受験対策が「回らなくなっている」という実感

    この頃、
    はっきりと感じていたのは、
    「ちょっと厳しい」
    という感覚です。

    算数だけを立て直せば、
    元に戻る。
    そんな単純な話では
    なくなっていました。

    時間の使い方。
    宿題の位置づけ。
    家庭でのフォロー。

    それぞれが、
    少しずつズレたまま、
    無理に回っている。
    いや、回っているように見えているだけ。

    中学受験対策全体が、
    綱渡りのような状態に
    なっていたのだと思います。

    まとめに代えて

    算数から始まった違和感は、
    この頃には、
    国語・理科・社会にも
    広がっていました。

    どの教科も、
    決定的に崩れたわけではありません。

    ただ、
    どれも
    余裕を失っていた。

    その状態が続くことで、
    中学受験対策全体が、
    少しずつ
    回らなくなっていった。

    そんな時期だったのだと思います。

    この時点では、
    まだ
    「何を変えればいいのか」
    は見えていませんでした。

    ただ、
    このまま続けるのは
    難しい。

    その感覚は、はっきりとありました。

    次の記事では、
    こうした状況の中で、
    習い事をすべてやめる
    という判断に至った経緯について、
    振り返ります。

    ▼ 習い事をすべてやめた判断

  • 答えを写すようになったときのショック|気づいた瞬間に感じた違和感

    答えを写すようになったときのショック|気づいた瞬間に感じた違和感

    ある日、いつもと違う様子に気づいた

    算数に取りかかるまでに
    時間がかかるようになり、
    「できない」という言葉が
    増えていた頃のことです。

    その日も、
    長男は机に向かっていました。

    テキストを開き、
    ノートも出している。
    一見すると、
    いつもと変わらない光景でした。

    ただ、
    ふとした瞬間に、
    違和感を覚えました。

    解いているはずなのに、考えていない

    問題は進んでいる。
    ノートには式も書いてある。

    「おおすごい。かなり進んでるじゃん」
    そんな声をかけたのを覚えています。

    けれど、
    その書き方が、
    どこか不自然な気がしました。

    ふだんはノートの余白に書いている
    式の途中で必要になる筆算が書かれていない。

    「どうやって解いたの?」
    と聞くと、
    返ってくる答えは、
    とても曖昧でした。

    説明しようとすると、
    ノートに書かれた式をそのまま言うだけ。

    そのとき、
    血の気が引くような感覚が走りました。

    答えを写しているかもしれない、という疑い

    最初は、
    気のせいだと思おうとしました。

    筆算は別の紙に書いただけかもしれない
    たまたま今日は、
    考え方を説明する気分では
    なかったのかもしれない。

    けれど、
    同じような場面が、
    何度か続きました。

    図形の問題で
    平行線や錯角などわかった角度を図形に書きこんでいかないと
    明らかに解けない問題。
    それらがないのに
    答えだけは書かれている。
    しかもすべて正解。

    「もしかして……」
    そう思った瞬間、
    頭の中が、
    一気にざわつきました。

    責めたい気持ちと、責められない理由

    答えを写しているとしたら、
    それは
    望ましい行動ではありません。

    というより
    一番避けなければならない状況だったはずです。

    親としては、
    注意すべきことです。
    「それをしたってなんにも学びにならない」
    怒りたくなる感情もわき上がります。

    ただ、
    「できない」「わからない」が増えていた状況です。
    算数を勉強する時間が
    長男にとって憂鬱な時間になっていた。

    ここまで追い込まれていた中で、
    「とにかく終わらせたい」
    と思う気持ちが
    生まれても不思議ではない。

    妻と話すとそんな言葉がありました。
    本当にその通りですよね。

    親として感じた、別のショック

    ショックだったのは、
    「答えを写していたかもしれない」
    という事実そのものよりも、
    それに
    気づくまでの自分でした。

    いつから、
    こうなっていたのか。
    もっと早く、
    何かできたのではないか。

    そんな思いが、
    次々と浮かんできます。

    とにかく
    宿題をできるだけ終わらせることが大事
    宿題をすれば
    なんとか授業にも追いつけるだろう
    本来の宿題の目的は「理解」のはずなのに
    もはや目的と手段が入れ替わっていた。
    それに気づかなかった。
    かえって長男を追い詰めてしまっていた。

    この出来事は、
    算数の問題というより、
    置かれている状況が危機的であるということを
    強く突きつけられたような
    感覚でした。

    まとめに代えて

    答えを写すという行動は、
    決して
    褒められるものではありません。

    ただ、
    それは
    突然現れたものではなく、
    これまで積み重なってきた
    状況の延長線上に
    あったように思います。

    わからない。
    追いつかない。
    それでも終わらせなければならない。

    その中で、
    選ばれてしまった
    一つの行動だったのではないでしょうか。

    この時点では、
    まだ
    「どうするべきか」
    という答えは
    出せていませんでした。

    ただ、
    算数の問題を超え、
    中学受験対策全体が崩れ始めている。

    そんな感覚だけは、
    はっきりと残っていました。

    次の記事では、
    算数だけで起きていた変化が、
    少しずつ
    他の教科にも
    広がっていった様子について、
    振り返ります。

    ▼国語・理科・社会。算数以外も崩れ始めた

  • わからないからやりたくないが増えていった|算数への向き合い方が変わり始めた頃

    わからないからやりたくないが増えていった|算数への向き合い方が変わり始めた頃

    急に勉強を放棄したというわかりやすい変化ではない

    家庭で教えても、
    思ったようには追いつかない。

    そんな状態が続く中で、
    少しずつ、
    長男の算数への向き合い方が
    変わっていきました。

    それは、
    急に勉強を放棄した、
    というようなわかりやすい変化ではありません。

    ただ、
    「できない」という言葉が、
    以前よりも
    口に出るようになっていきました。

    「できない」が、先に立つようになった

    以前は、
    「とりあえずやってみる」
    という姿勢がありました。

    わからなくても、
    手を動かしてみる。
    途中で止まっても、
    考えようとする。

    けれど、
    この頃から、
    問題を見る前に
    「できない」
    と言うことが増えていきました。

    単純な計算問題なら解き始める
    でも、塾で配られたテキストを開いて
    文章題や応用だと
    見ただけで嫌そうな表情を浮かべる。

    算数に取りかかる前から、
    気持ちが止まっている。
    そんな印象を受けることが、
    少しずつ増えていきました。

    解き始めるまでに、時間がかかるようになった

    机には向かう。
    テキストも開く。

    でも、
    そこから先に進まない。

    鉛筆や消しゴムで10分以上手遊びをしている
    時計を何度も見て、落ち着かない
    トイレなどでしばしば席を立つ

    以前なら、
    数分で書き始めていたはずの問題に、
    なかなか手がつかない。

    「まずは1問だけやろう」
    と声をかけても、
    反応は鈍い。

    やる気がない、
    というより、
    どう始めればいいのか
    わからなくなっているように見えました。

    注意や声かけが、逆効果になることもあった

    「わからなかったらとりあえずとばしていいよ」
    「ここは前にもやったところだからテキストを見返してみたら」

    そうした声かけも、
    以前ほどは
    うまく機能しなくなっていきました。

    聞こえていないようなそぶりをする。
    「わかってるから」「いまやろうとしてた」
    と突き放される。

    励ましているつもりでも、
    長男にとっては
    「できていないことを指摘されている」
    ように感じられていたのかもしれません。

    算数の時間が、
    重たいものになっていきました。

    「できない」は、怠けではなかった

    この頃、
    「できない」という言葉を聞くたびに、
    親としては、
    どう受け止めればいいのか
    迷いました。

    ただ、
    いま振り返ると、
    それは
    怠けや反抗ではなかったように思います。

    算数以外の教科はむしろ息抜きのように進める。
    「問題を出して」
    覚えた喜びを
    私や妻と共有したい気持ちが伝わってくる。

    わからない。
    わからないまま進んできた。
    それが積み重なった結果として、
    算数だけが
    特別に重くなっていた。

    そんな状態だったのではないでしょうか。

    まとめに代えて

    「できないから、やりたくない」
    「だってできないもん」

    こうした言葉が増えていったのは、
    算数が難しくなったから、
    という単純な理由ではなかったと思います。

    わからない状態のまま、
    進み続けなければならなかったこと。
    立ち止まる余地が
    ほとんどなかったこと。

    それが算数への向き合い方を
    少しずつ変えていきました。

    算数に対する
    心のブレーキが、
    はっきりとかかり始めていた。

    そんな時期だったのだと思います。

    次の記事では、
    こうした状況の中で、
    「とにかく終わらせるために」
    答えを写すようになっていったことについて、
    振り返ります。

    ▼ 答えを写すようになったときのショック

  • 親が家で教えても追いつかなかった理由|家庭フォローが限界を迎えたとき

    親が家で教えても追いつかなかった理由|家庭フォローが限界を迎えたとき

    塾に任せるという理想はわかっていても

    宿題が回らなくなり、
    予習も十分に機能していない。

    そうした状況の中で、
    自然と増えていったのが、
    家庭でのフォローでした。

    「家で少し教えれば、何とかなるのではないか」
    当時は、
    そう考えていました。

    そもそも「家では教えないでください」
    と塾からは言われています。
    解き方に間違ったクセがつくのはよくないというのが理由です。

    塾が推奨する親の関わりは
    時間管理や声かけくらい。

    集団塾に通っているのだから、
    基本的な進め方は塾に任せる。
    わかります。理想はわかるんです。
    でも追いつかないままだと長男が苦しいのではないか。

    家庭では、
    分からないところを補うだけ。

    そのつもりで関わり始めたのですが、
    結果として、
    なかなか追いつくことはありませんでした。

    「少し教える」だけのはずだった

    最初は、
    本当に軽い気持ちでした。

    予習動画を見て例題を解こうとして
    明らかに長男の手が止まっている。
    「この問題だけ」
    そんな考えで長男に教えました。

    分からないところを説明し、
    解き方を確認する。

    それだけで、
    流れに戻れるはずだと
    思っていました。

    塾の進め方と、家庭での教え方は違っていた

    家庭で教えていると、
    次第に迷いが生じていきます。

    例えば「場合の数」。
    【A、B、C、Dで班をつくります。リーダーとサブリーダーを1人ずつ選ぶ場合、何通りありますか。】
    というような問題です。
    私は樹形図を書いて覚えてもらおうとしました。
    でも長男から
    「塾ではいま公式を使って教わっている」
    と言われました。

    集団塾には、
    塾としての
    「型」や「考え方」、「進め方」があります。

    家庭での説明が、
    必ずしも
    それに沿っているとは限らない。

    「間違ったことを教えているのではないか」
    そんな不安も、
    次第に出てきました。

    教えれば教えるほど、時間が足りなくなった

    算数を教えるには、
    それなりの時間が必要です。

    1問を説明するのに15分~20分。
    子どもがわからない場合は
    どこがわからないのか、
    どこまで理解しているのか
    を確認しながら進めるので
    1問を解くのに1時間ということもあります。

    理解させようとすればするほど、
    説明は長くなる。

    そうすると、
    その日の宿題が終わらない。
    終わらなければ、
    次の日に持ち越される。

    結果として、
    「教えるために時間を使う」
    →「宿題が終わらない」
    という循環に入っていきました。

    親が教えること自体が、負担になっていった

    家庭フォローが続くにつれて、
    少しずつ、
    空気が変わっていきました。

    難しい問題を説明していると
    長男がぼーっとしてしまう
    イライラして机に突っ伏して
    声かけに応じなくなる

    それに引っ張られないよう
    「じゃあ少し休もうか」
    と声かけをするのですが、
    その後も問題さえ見ない姿に
    こちらも焦り、次第にイライラしてくる。

    教える側も、
    教わる側も、
    余裕がなくなっていく。

    算数そのものより、
    「やらなければならないのに」
    という状況が、
    前に出るようになっていました。

    まとめに代えて

    家庭で教えれば、
    状況は改善する。

    当時は、
    そう信じていました。

    けれど、
    集団塾の進度と、
    家庭で使える時間。

    その二つが噛み合わない中では、
    親が教えることにも、
    はっきりと限界があったのだと思います。

    この時点では、
    まだ
    「塾を変える」
    「やり方を大きく変える」
    という判断には至っていません。

    ただ、
    家庭フォローだけで
    乗り切ろうとするのは、
    現実的ではない。

    そんな感覚が、
    少しずつ、
    はっきりしていきました。

    次の記事では、
    こうした状況の中で、
    「わからないから、やりたくない」
    という気持ちが、
    どのように増えていったのかを
    振り返ります。

    ▼ わからないからやりたくないが増えていった

  • 予習動画を見てもわからないまま授業を受けていた|理解が追いつかない状態が固定化した理由

    予習動画を見てもわからないまま授業を受けていた|理解が追いつかない状態が固定化した理由

    予習は「理解」ではなく「前提」になっていた

    宿題が終わらない日々が続く中で、
    もう一つ、算数を苦しくしていたものがありました。

    それは、
    「予習」という仕組みです。

    当時は、
    宿題が大変なのは量の問題だと思っていました。
    時間が足りないから回らない。
    そう考えていたのです。

    けれど、
    いま振り返ると、
    その前段階にあった
    「予習のあり方」そのものが、
    算数の理解を難しくしていたように思います。

    算数の授業は、
    基本的に
    予習ありきで進んでいきます。

    算数の授業が終わると
    子どもに対して
    次回の授業で取り上げるテキストの範囲が示されます。
    親も見ることができる専用サイトにも翌日には同様の内容が示されます。
    そこで親も次回授業分の予習範囲を把握する。

    予習の動画は
    塾の先生がホワイトボードを使って例題を解説するというものです。
    1本はおおむね10分くらいでしょうか。

    解説を見る→例題を解く→基本問題を解く
    というのが予習の全容です。
    これを家ですべてやってくる。
    基本的には週に2回はこのフェーズがやってきます。

    基本問題を解き終えるまでに
    だいたい1時間くらいかかり、その後、丸つけをします。

    予習の段階で、
    「ある程度分かっている」
    状態を想定して、
    授業が進んでいく。

    予習が
    「理解を深めるためのもの」
    というより、
    「授業についていくための前提条件」
    であるという印象でした。

    動画を見ても、よく分からないまま終わる

    たしかにテキストで解き方を読むよりは
    動画を見た方が理解は進むと感じました。

    ただ、
    内容によっては一度で理解できないものも多い。
    何度も動画を止めて戻って再生し直す長男の姿がありました。
    動画は流れているけれど、
    ペンを持つ手は止まっているということも。

    動画を見終えたあとに残るのは、
    「分かったような気もする」
    という、あいまいな感覚でした。

    内容を完全に理解できた、
    という実感は、
    正直あまりありませんでした。

    分からないまま受ける授業が続いていった

    予習で理解しきれないまま、
    授業を受ける。

    授業でも、
    もちろん解説はあったそうです。

    授業中にわからなければ手を挙げることもOKです。
    授業後には質問時間も設けられていました。
    何人かは質問するために並ぶ。

    でも、分からない部分があっても、
    授業で立ち止まる余地はあまりありません。

    家に帰ってきた後、
    「わかった?」
    と聞くと
    「うーん」
    というあいまいな答えが返ってくる。

    こうして、
    「分からない状態で授業を受ける」
    ということが、
    少しずつ当たり前になっていきました。

    予習と復習が、つながらなかった感覚

    本来であれば、
    予習で触れ、
    授業で理解し、
    復習で定着させる。

    そうした流れを
    思い描いていたはずでした。

    けれど実際には、
    授業を終えると「次」を意識しなければなりません。
    予習以外の宿題は復習が当然中心になりますが、
    解けない問題をじっくり時間をかけて考える余裕がない。

    算数は、
    「つながって理解する教科」のはずなのに、
    細切れのまま
    進んでいっているように感じられました。

    まとめに代えて

    予習という仕組みそのものが、
    悪かったわけではないと思います。

    ただ、
    理解が追いついていない状態での予習は、
    算数では
    特に負担になりやすかった。

    分からないまま動画を見て、
    分からないまま授業を受け、
    分からないまま宿題に取り組む。

    その流れが、
    算数の苦しさを
    固定化していったように思います。

    この時点では、
    まだ
    「やり方を変えよう」
    という判断には至っていません。

    ただ、
    「このままでは、どこかで行き詰まる」
    そんな感覚だけは、
    はっきりと残っていました。

    次の記事では、
    こうした状況の中で、
    親が家で教えても
    なかなか追いつかなかった理由について、
    振り返ります。

    ▼ 親が家で教えても追いつかなかった理由

  • 宿題が終わらない毎日が始まった|算数の負荷が一気に現実になった頃

    宿題が終わらない毎日が始まった|算数の負荷が一気に現実になった頃

    宿題の量が毎日の生活にそのままオン

    単元の進み方については、
    「速いな」と感じながらも、
    当時はまだ
    「何とかついていけるはず」
    と思っていました。

    けれど、
    その感覚を揺さぶり続けたのが、
    宿題でした。

    単元が速く進む中で、
    宿題の量と内容が、
    毎日の生活にそのまま重なってくる。

    ここから、
    算数は
    「考える教科」ではなく、
    「毎日、毎週終わらせなければならないもの」
    という存在に変わっていきました。

    宿題は「多い」よりも「回らない」感覚だった

    集団塾の宿題は、
    決して
    「やる気を削ぐために出されている」
    ものではないと思います。

    単元の予習をして、
    基礎問題を解き、
    応用問題に挑戦する。
    流れとしては、とても理にかなっています。
    この方式自体は、
    私自身も「いいな」と感じていました。

    ただ、
    当時の我が家にとっては、
    現実的に回しきれない量でした。

    算数の宿題は、
    小5になる前あたりで、
    1週間におおむね30ページ程度。
    テキストで25ページほどに、
    プリントが数枚、
    というイメージです。

    平日は15時過ぎに学校から帰宅し、
    塾のない日は、
    算数だけで1時間から1時間半ほど。
    休日は、
    2時間程度を算数に費やしていました。

    週に3日は塾があり、
    習い事の日もある。
    どうしても時間が取れない日は、
    計算問題だけをやる、
    という日もありました。

    「頑張れば終わる」というより、
    「終わらない前提で、次が来る」。
    そんな印象を持つようになっていました。

    昨日の宿題が終わらないまま、次の日が始まる

    宿題が終わらなくても、
    次の日は、
    何事もなかったようにやってきます。

    授業は進み、
    また新しい宿題が出る。

    前の単元の宿題を
    完全に消化しきれないまま、
    次の単元の宿題が重なっていく。

    平日の夜、
    算数の宿題が終わらず、
    就寝時間が少しずつ遅くなっていきました。

    とにかく、
    塾の算数の宿題を終わらせるために、
    学校の宿題を後回しにすることもありました。

    「本末転倒ではないか」
    そう思うことも、
    一度や二度ではありませんでした。

    「今日はここまででいいよ」
    そう区切ることが、
    だんだん難しくなっていきました。

    算数以外の教科も、同時に存在していた

    算数の宿題が重くなる一方で、
    ほかの教科が
    消えてなくなるわけではありません。

    国語には、
    授業で使うテキストとは別に、
    毎日取り組む漢字ドリルがありました。

    理科と社会は、
    週に1回ずつ授業があり、
    次の授業までに
    予習や基本問題を解く必要があります。

    どれか一つを優先すれば、
    どれかが後回しになる。

    結果として、
    「全部やっているつもりなのに、
     どれも中途半端」
    という状態に近づいていきました。

    親が関わっても負担は減らなかった

    宿題が回らなくなると、
    自然と、
    親の関与は増えていきます。

    「ここまでは、お父さんが見るから」
    「とりあえず、今日はここまで終わらせよう」

    そうやって、
    横につく時間は増えました。

    平日なら、
    私が仕事から帰ってきたあとに1時間ほど。
    休日も、
    最低1時間は一緒に取り組んでいました。

    日をまたぐことは避けていましたが、
    だいぶ夜遅くになることも、
    珍しくなくなっていきました。

    家事を後回しにして対応することも多く、
    親のほうも、
    少しずつ余裕を失っていきました。

    それでも、
    負担が軽くなった感覚は、
    正直あまりありませんでした。

    むしろ、
    親が関わることで、
    「終わらせること」への意識が、
    より強くなっていったように思います。

    「今日はここまで」が言えなくなっていった

    宿題が多い。
    時間が足りない。

    その状況が続くと、
    「今日はここまでにしよう」
    という判断が、
    だんだんできなくなっていきます。

    途中で切り上げたら、
    次の授業についていけなくなるのではないか。
    宿題をやってこなかったら、
    塾の先生は何と言うだろうか。

    そんな不安が、
    頭の中に常にありました。

    宿題は、
    生活の一部というより、
    生活そのものを
    押し広げていく存在になっていました。

    まとめに代えて

    算数の宿題が終わらない日々は、
    単なる
    「量の問題」ではなかったように思います。

    単元が速く進む中で、
    理解が追いつかないまま、
    宿題だけが積み上がっていく。

    その構造が、
    算数を
    「しんどい教科」に
    変えていきました。

    この時点では、
    まだ
    「やり方を変えるべきだ」
    という判断には至っていません。

    ただ、
    明らかに
    無理を前提に回している状態に
    入っていたのだと思います。

    次の記事では、
    こうした宿題の負荷をさらに重くしていた
    「予習」という仕組みについて、
    振り返ります。

    ▼ 予習動画を見ても分からないまま授業を受けていた