投稿者: fpksc131

  • なぜ算数の理解は止まっていたのか理由が見えた|「できない」の正体に気づいたとき

    なぜ算数の理解は止まっていたのか理由が見えた|「できない」の正体に気づいたとき

    何が起きているのかわからない状態からは離れた

    個別指導に切り替えて、
    授業の進み方や家での空気は、少しずつ変わってきました。

    「何が起きているのかわからない」状態からは、
    確実に離れつつありました。

    その中で、
    特に算数について、
    これまで見えなかったものが、少しずつ見えてきました。

    「算数ができない」という言葉の違和感

    集団塾に通っていた頃、
    算数についての評価は、
    一言でいえば「弱い」「苦手」。

    テストの点数も低い。
    偏差値も上がらない。

    だから、
    算数ができない。
    そう理解していました。

    でも、
    個別指導で授業を見てもらう中で、
    その言い方に、違和感を覚えるようになりました。

    本当に、
    算数そのものができないのだろうか。

    解けない理由が、少しずつ言語化されていった

    個別指導では、
    問題を解く途中で、
    先生が頻繁に立ち止まります。

    「ここは、どう考えた?」
    「これは、なんでこうなると思う?」

    答えよりも、
    途中の考え方を確認される場面が多くありました。

    例えば図形です。
    同位角や対頂角、錯角が何を意味するか。

    比をやるなら、まずは割合を理解しないといけない。
    2つの数量を比較するのにどちらか一方を「1」とする。
    うさぎが10匹を1とする。この1ってどういう意味なのか。

    そういう基本中の基本があいまいになっている。

    あいまいなまま、
    かつて覚えた型にはめ込もうとして、
    結果として崩れている。

    「全部わからない」のではなく、
    「わからない地点が放置されていた」。
    そんな状態でした。

    いつから止まっていたのかが、見えてきた

    さらに、
    どこでつまずいているのかを遡っていくと、
    意外なことが分かりました。

    直近の単元ではなく、
    もっと前。小4の頃から
    理解があいまいなまま進んでいた部分が、
    そのまま残っていました。
    分配法則や結合法則、交換法則も
    わかっていたり、使っていなかったり。

    何度も途中の計算式を書いてと家で言っていたのですが、
    長男は書くと遅くなるから「必要ない」と拒んでいた。

    けれど、思考の過程を残すためには必要だということを
    先生がわかりやすく長男に教えてくれ、
    少しずつ書くようになりました。

    集団塾では、
    授業は次に進み、
    宿題も次の内容になる。
    「なぜそれが必要なのか」も聞き流してきた。

    「そのうち分かるだろう」
    「今は流れについていこう」

    そうやって、
    止まるタイミングを失ってきた結果が、
    小6になって表に出てきていたのだと、
    ようやく腑に落ちました。

    「考えられない」のではなく、「考え切れない」

    算数が苦手、というより、
    算数を考え切る前に、
    先へ進まざるを得なかった。

    理解できないままでも、
    授業は終わり、
    次の単元が始まる。

    それが積み重なって、
    自分でも
    「どこがわからないのかわからない」
    状態になっていた。

    そのことを、
    初めて、
    第三者の視点で整理してもらえた気がしました。

    親が見えていなかった理由

    振り返ると、
    親の私にも、
    見えていなかった理由があります。

    テストの点数や偏差値で、
    判断していたからです。

    結果を見て、
    「できていない」と考えていた。
    途中の思考や、
    止まっている地点を
    すべては把握できていませんでした。
    フォローも全然しきれていない。

    個別指導で、
    その「途中」を言葉にしてもらったことで、
    初めて、
    算数の状態を正しく理解できた気がします。

    まとめに代えて

    算数の理解が止まっていた理由は、
    能力の問題ではありませんでした。

    わからないところで立ち止まれなかったこと。
    あいまいなまま、前へ進み続けていたこと。

    それが、
    長男の算数を苦しくしていた。

    そう気づけたことは、
    大きな転換点だったと思います。

    次の記事では、
    この気づきがあった一方で、
    個別指導に切り替えても
    成績がすぐに伸びたわけではなかった、
    という現実について書いていきます。

    ▼ 次の記事
    個別指導に転塾しても成績がすぐ伸びなかった話

  • 個別指導で最初に変わったこと|授業に置いていかれる感覚はどうなったか

    個別指導で最初に変わったこと|授業に置いていかれる感覚はどうなったか

    いまの苦しさは減るのか

    個別指導に切り替えたとき、
    私たちは「成績がすぐ上がる」ことを期待していたわけではありません。

    それよりも先に、
    いまの苦しさが少しでも減るのか。
    学び方が立て直せるのか。

    そこが一番気になっていました。

    そして実際、最初に変わったのは、
    点数ではなく、毎日の手触りのほうでした。

    まず「わからないまま進む」が止まった

    集団塾では、授業が進み、宿題が出て、次の単元へ行く。
    わからないところがあっても、置いていかれる感覚がありました。

    個別指導では、そこが違いました。

    わからないところで、止まっていい。
    止まったところはその場で教えてもらえる。

    この当たり前が、当時は新鮮でした。

    授業の内容が、家に持ち帰れるようになった

    毎回、授業の進捗や課題が、コメントとして残る。
    どの単元のどこでつまずき、次に何をするかが見える。

    親としても、
    「いま何が起きているかわからない」状態から
    少しだけ抜け出せた気がしました。

    家では最小限にする。
    そう決めていた方針が、現実に近づいたのも大きかったです。

    私が解説役にならなくてもいい。
    叱って回す夜を減らせるかもしれない。

    塾がない日でも自習室として塾は使える。
    これも助かりました。
    家ではテレビやゲームなど誘惑も多く
    集中できないというのはこれまでも悩みでした。

    それだけで、家の空気が少し変わりました。

    長男の表情が、少し違った

    劇的な変化ではありません。
    でも、以前よりも落ち着いて机に向かう時間が増えた。

    「分からない」が、
    そのまま積もっていく感じが減っていった。

    最初に変わったのは、
    たぶん、そこでした。

    まとめに代えて

    個別指導に切り替えて最初に変わったのは、
    成績ではなく、学び方と家の空気でした。

    まだ結果は出ていない。
    でも、前より少しだけ「続けられる形」に近づいた。

    当時は、そう感じていました。

    次の記事では、
    その変化の中で、特に算数について
    「止まっていた理由」が少しずつ見え始めた話を書きます。
    「算数が苦手」という言葉では片づけられない理由でした。

    ▼ 次の記事
    算数の理解が止まっていた理由が見えてきた

  • 個別指導の費用感と現実|選ぶ過程で見えてきたこと

    個別指導の費用感と現実|選ぶ過程で見えてきたこと

    費用や指導方法を直接聞いた

    塾を変えるという発想に切り替え、
    家での関わり方についても
    前提を組み替えたあと、
    ようやく
    現実的な検討に入ることになりました。

    個別指導の費用と、
    実際にどんな場所なのか。

    頭の中で考えているだけでは、
    判断できないところまで
    来ている気がしていました。

    個別指導塾のサイトを読み込むよりは
    まず長男の状況と志望校を伝えつつ、
    費用や指導方法について聞くほうが早い。

    通いやすい範囲という条件を前提に
    いくつかの個別指導塾に絞って話を聞きにいきました。

    必要なコマ数と「金額の幅」

    1対1か、少人数か。
    週に何回通うのか。
    講師はどんな人なのか。

    条件が少し変わるだけで、
    金額は大きく変わります。

    多くの塾の料金は
    1コマでいくらかで決められています。

    多くの塾で
    長男の状況を見て勧められたのが
    1週間に最低5コマ。
    算数2コマ
    国語1コマ
    社会1コマ
    理科1コマ

    5コマ×4週なので
    おおむね20コマです。

    金額としてはおおむね15万円~20万円でした。

    教材費や施設費もいれるとこれに月+1万円。
    春季や夏季講習でコマ数を増やせば
    1コマあたり7000円~1万円ほど増えていく。

    当然ですが、集団塾よりも高くなる。

    「これは簡単には決められない」
    と感じる金額でした。

    個別指導は高い、
    というイメージはありました。
    一律ではないが、やはり安くはない。
    それが、
    最初に直面した現実でした。

    体験をしないと分からないと感じた理由

    費用だけを見て
    決めることはできない。

    そう感じて、
    複数の個別指導で
    体験を受けることにしました。

    同じ「個別指導」という言葉でも、
    教室の雰囲気や講師の関わり方は、
    驚くほど違います。

    説明を受けているときは
    どこも良さそうに見える。
    でも、
    実際に授業を受けてみると、長男の反応は正直でした。

    「うーん」
    「すごくよくわかった」

    短い時間でも、
    違いは、はっきり見えてきました。

    「成績が上がるか」より気になったこと

    体験を重ねる中で、
    私たちの中で
    自然と後回しになった視点があります。

    それは、
    「ここならすぐ成績が上がりそうか」
    という期待でした。

    それよりも気になったのは、
    分からないところをどこまで丁寧に見てくれるか。
    長男の気質を理解してくれるか。

    そして、
    家での負担がこれ以上増えない形で回りそうかどうか。

    家では最小限にとどめる。
    その前提が、本当に守れそうか。

    そこを、
    一つひとつ
    見ていくことになりました。

    費用と内容を、どう受け止めたか

    体験を経て、
    最終的に残った選択肢は、

    「いまの状況なら無理せず、
    算数を週2回だけやるところからスタートしましょう」
    と最初に提案してくれた個別指導塾です。

    塾の紹介サイトには載っていないような
    地域密着型の小さな塾です。
    ただ、中学受験、高校受験、大学受験
    それぞれを目指す生徒が在籍し、
    実績はありました。

    最初にその提案を受けたときは
    面食らいました。
    ほかの塾では週に最低5コマ。でもここは2コマでいいと言う。

    「それで間に合いますか?」
    「国語は?理科は?社会は?どれも遅れていますよ」

    商売を考えれば、コマ数は入れるにこしたことはないだろう
    とも思っていました。

    でも、その塾の塾長は
    「長男くんは算数の基礎が固まらないまま進んできてしまって苦しかったと思う」
    「まずは算数の基礎を固めるのが最優先です」
    「無理をして詰め込んでも仕方が無い」
    「ほかの科目はあとからでも大丈夫」
    と話されました。

    模試の成績や長男の体験授業の様子を見て
    そう判断したとのことでした。

    ただ体験授業を受けただけの長男に寄り添って
    ここまで見てくれたのはこの塾だけでした。

    無理がない、息が詰まらないようにするための配慮を感じました。

    完全1対1
    講師は、社会人と塾のOBの学生、個別指導歴の長い塾長。
    その塾で教わった学生が
    教えるという心強さもありました。
    もちろん費用面でも助かるという思いもありました。

    まとめに代えて

    個別指導を選ぶ過程は、
    費用だけで
    決められるものではありませんでした。

    実際に体験し、
    子どもの反応を見て、
    家庭で置いた前提と照らし合わせる。

    塾がどれだけ長男を見てくれているか。

    その積み重ねの中で、
    現実的に続けられるかどうかを
    確かめていった。

    それが、
    この時期の
    私たちの選び方でした。

    次の記事では
    個別指導に切り替えて
    最初に変わってきた様子について書きます。
    これまでの「わからないまま進む」はどうなったのか。

    ▼ 次の記事
    個別指導で最初に変わったこと

  • 塾を変えるという発想に切り替えた理由|同じ前提で続けないために

    塾を変えるという発想に切り替えた理由|同じ前提で続けないために

    「何を変えるのか」

    個別指導という選択肢が
    頭に浮かび始めたあとも、
    すぐに動くつもりはありませんでした。

    塾を変える。
    環境を変える。

    その前に、
    そもそも
    「何を変えて、何を変えないのか」を
    自分の中で整理する必要があると
    感じていました。

    「場所を変えれば解決する」とは思えなかった

    集団塾をやめた直後、
    どこかに通い直せば
    すべてがうまくいく、とは思えませんでした。

    塾を変えても、
    同じように追いつけない状況が続けば、
    意味がない。

    環境を変えるなら、
    前提も変えなければいけない。

    そんな感覚が強くありました。

    問題は成績だけではなかった

    振り返ってみると、
    一番つらかったのは、
    成績そのものよりも、毎日の積み重ねでした。

    分からないまま進む授業。
    終わらない宿題。
    親が横についてなんとか回そうとする夜。

    気づけば、
    家が落ち着ける場所でも勉強を補う場所でもなく、
    追い詰められる場所に
    なりかけていました。

    この状態は
    絶対に繰り返したくない。
    それが、前提になっていきました。

    家では「最小限」にとどめるという方針

    そこで、
    親の関わり方についても
    一度、考え直しました。

    これ以上、
    家庭が教室の延長になるのは避けたい。

    親が毎晩
    解説役にならなくてもいい。
    できないところを叱らなくてもいい。

    家では、
    息苦しくならないこと。
    必要最小限のサポートにとどめること。

    それを、
    一つの方針として置くことにしました。

    「同じ前提」で続けないと決めた

    集団塾をやめたあと、
    ただ場所を移すだけなら、
    結局、同じことの繰り返しになる気がしていました。

    だから、
    塾を変えるという判断は、
    「仕切り直し」ではなく、
    前提を組み替えることだと
    考えるようになりました。

    学習のペース。
    家での関わり方。
    求める役割。

    それらを
    一度、白紙に戻す。

    その延長線上に、
    次の選択肢があるはずだと思いました。

    個別指導は「答え」ではなく条件の一つ

    この時点で、
    個別指導が最適解だと
    確信していたわけではありません。

    ただ、
    この前提に合う可能性がある選択肢として
    残るのは個別指導だった。

    それだけでした。

    だからこそ、
    次に考えるべきは、現実の話になります。

    この前提を満たす個別指導は、
    どんな形なのか。
    それは
    現実的に続けられるものなのか。

    まとめに代えて

    塾を変えるという発想に
    切り替えたのは、
    成績を上げる方法を探すためではありませんでした。

    これ以上、
    同じ前提で苦しさを繰り返さないため。

    家と塾の役割を分け、
    無理のない形で学習を続けるためでした。

    次の記事では、
    こうした前提を置いたうえで、
    個別指導の費用感や
    現実的な選択肢について
    考え始めた話を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    個別指導の費用感と現実

  • 個別指導を検討し始めたきっかけ|立ち止まったあとに見えた選択肢

    個別指導を検討し始めたきっかけ|立ち止まったあとに見えた選択肢

    家で見るか塾か撤退か

    集団塾をやめたあと、
    すぐに次の塾を決めたわけではありません。

    1カ月、家族で立ち止まって
    考えることにしました。

    「このまま何もしないわけにはいかない」
    という感覚だけは、
    はっきりとありました。

    問題集を買って
    家で受験まで見るのは現実的ではない。

    受験まで伴走してくれるところを探す。

    「中学受験から撤退する」という選択肢もあり得ました。

    もう6年生間近。
    この後は、何度も方針転換はできない。
    そんな思いがありました。

    その中で、
    頭に浮かび始めたのが、
    個別指導という選択肢でした。

    「次はどこへ行くのか」という問い

    集団塾をやめたあと、
    周囲からは「次はどうするの?」
    と聞かれることもありました。

    その問いに
    すぐ答えられる状態ではありませんでした。

    集団塾には
    指導が厳しいと評判だったり、
    それぞれに特色があります。

    でも、焦って
    同じような環境に入ることが
    本当に正しいのか。

    また同じことを
    繰り返すだけではないのか。

    そんな不安が、
    強く残っていました。

    集団塾で感じていた「合わなさ」を整理してみた

    立ち止まった時間の中で、
    少しずつ
    これまでのことを
    振り返るようになりました。

    何が
    一番苦しかったのか。

    成績が伸びなかったことか。
    偏差値が届かなかったことか。

    考えてみると、
    それ以前に、
    学習の進み方そのものが
    合っていなかったのではないか。

    理解できていないまま次に進む。
    分からない部分を
    抱えたまま授業が進んでいく。

    その状態が、
    長く続いていました。

    「集団であること」が前提だった環境

    集団塾では、
    一定のペースで授業が進みます。

    それに
    ついていける子がいる一方で、
    どうしても引っかかりが残る子もいる。

    それ自体は、おかしなことではありません。

    長男の場合、
    その「引っかかり」が
    解消されないまま積み重なっていった。

    振り返ると、
    「努力が足りない」
    というより、
    「立ち止まる時間がなかった」
    という感覚が近かったように思います。

    個別指導という言葉が現実味を帯びてきた

    そんな整理をしているうちに、
    個別指導という選択肢が
    現実味を帯びてきました。

    1対1
    あるいは
    少人数。

    わからないところで立ち止まってもらえる。
    理解できるまで教えてもらえる。

    それは、
    成績を上げるためというより、
    まず
    学習を立て直すために必要なのではないか。

    そう考えるようになりました。

    まとめに代えて

    個別指導を検討し始めたのは、
    成績を一気に上げたいから
    ではありませんでした。

    まずは、
    わからないまま進んでいた学習を
    立て直したい。

    長男が
    「わかる」「できる」という感覚を
    取り戻せる場所はどこか。

    その視点で
    考え始めたとき、
    個別指導という選択肢が、
    現実のものとして
    浮かび上がってきました。

    ただ、個別指導という選択肢が
    視界に入ってきた一方で、
    すぐに動くつもりはありませんでした。

    塾を変えるという判断を、
    そもそもどう受け止めればいいのか。

    成績の問題なのか。
    環境の問題なのか。
    それとも、
    これまで置いてきた前提そのものを
    見直す必要があるのか。

    次の記事では、
    個別指導を具体的に検討する前に、
    「塾を変える」という発想、
    家も含めた学習環境をどう変えるのか、
    といった全体を自分の中でどう整理したのか。

    同じ前提で続けないと決めるまでの
    思考の過程を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    塾を変えるという発想に切り替えた理由

  • 集団塾をやめるときの不安|この判断で大丈夫なのか

    集団塾をやめるときの不安|この判断で大丈夫なのか

    「やめる」と塾に伝えた日

    「今月いっぱいで塾を辞めたいと思います」
    塾には電話でそう伝えました。

    クラスの担当の先生が電話を代わり、
    「急ですが、なにか理由はあるのでしょうか」
    と聞きました。

    小3の終わりから小5の1月まで
    偏差値で見れば、
    ほとんど伸びが見られず40~50の間をうろうろしていること。
    授業の進度と宿題に追いつけず、
    多くの単元をとりこぼしてしまっていること。
    これを続けていった先に、志望校の偏差値到達が見えないこと。

    正直に伝えました。

    「そうですか。辞める意思が固まっているならお引き留めしません」

    正直なところ、少し切ない思いがありました。
    こちらの考えを尊重してもらったとわかっているのですが、

    長男の可能性について塾はどう見ているのか
    塾では、どんなフォローが有り得るのか

    といった内容をもっと前に聞いておけば
    よかったのかもしれません。
    年2回ほどある塾と保護者面談では、
    まだそこまで踏み込んで話していませんでした。

    集団塾をやめると決めたあと、
    気持ちが楽になったわけではありませんでした。

    むしろ、
    これまで見ないようにしていた不安が、
    一気に表に出てきました。

    本当に、
    この判断でよかったのか。
    取り返しのつかないことをしていないだろうか。

    そんな問いが、
    頭の中を何度も巡っていました。

    「一度やめたら戻れないのでは」という怖さ

    集団塾をやめるという判断には、
    どこか
    後戻りできない感じがありました。

    どこかに入り直すとしても、
    同じことになりはしないか。
    長男の2年の足跡を知らない塾で
    特徴などを把握してもらえるか。

    「やめる」という選択が、
    選択肢を狭めてしまうのではないか。

    そんな怖さが、
    常につきまとっていました。

    情報から切り離される不安

    集団塾に通っていると、
    意識しなくても
    入ってくる情報があります。

    模試の動き。
    志望校の話題。
    周囲の家庭の様子。

    そこから離れることで、
    大事な情報を取りこぼしてしまうのではないか。

    自分たちだけで、
    進路を考え続けられるのか。

    判断の材料が
    足りなくなるのではないか。
    そんな不安も、ありました。

    「親の判断」で可能性を狭めていないか

    一番重かったのは、
    長男の将来に対する不安でした。

    集団塾をやめることで、
    長男の可能性を
    私が
    勝手に削ってしまったのではないか。

    努力すれば届いたかもしれない道を、
    私の判断で
    閉じてしまったのではないか。

    そう考え始めると、
    簡単には前を向けませんでした。

    それでも、立ち止まれたことの意味

    不安は、
    消えませんでした。

    ただ、
    集団塾をやめたことで、
    一度立ち止まる時間は
    確かに生まれました。

    無理に無理を重ねながら
    進み続けるのではなく、
    いまの状態をそのまま見る。

    考え直す余白ができた。

    それだけでも、
    意味があったのではないか。
    と思うようにしました。

    まとめに代えて

    集団塾をやめるとき、
    不安がなかったわけではありません。

    むしろ、
    不安だらけでした。

    この判断で
    本当に大丈夫なのか。
    間違っていないのか。

    答えは、
    この時点では
    出ていませんでした。

    ただ、
    不安を抱えたままでも、
    次の選択肢を
    考え始めることはできる。

    そう思えたことが、
    次につながっていきます。

    次の記事では、
    こうした不安を抱えたまま、
    次にどんな選択肢を考え始めたのか。

    個別指導を検討し始めたきっかけについて
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    個別指導を検討し始めたきっかけ

  • 集団塾をやめる決断をした理由|限界を認めるまでの過程

    集団塾をやめる決断をした理由|限界を認めるまでの過程

    小5の1月。目標の学校まで偏差値は15足りない

    集団塾をやめる決断をしたのは
    まだ目標を大学附属中に置いていた
    小5の1月のことでした。

    毎月実施される模試では
    目標とする大学附属中まで
    偏差値でいえば15くらいの開きがある。
    縮まる気配はなく
    ただ時間が過ぎていく。

    このままでいいのだろうか
    という思いはずっとぬぐえずにいました。

    成績以前に、苦しさが目につくようになった

    そして、
    集団塾に通い続ける中で、
    成績以上に
    気になるものがありました。

    それは、
    長男の様子です。

    塾には通い続ける。
    授業自体は楽しいという。

    でも、宿題がなかなか終わらない。
    白紙のままということも
    次第に増えていきました。

    特に算数ですが、
    理解できていないまま単元が進み、
    家でその単元をカバーしているうちに、
    次の単元の予習が課さる。
    追いつかないまま授業に臨む。
    復習の宿題が出る。

    結果、どちらも中途半端なまま。
    次、次、次。

    常に息継ぎができない状況で
    いつしか宿題を開くことが
    長男にとって苦痛なものに変わっていました。

    親の私はというと、
    宿題をしない状況は焦りにつながり、
    ついつい厳しい言葉でやるように言ってしまう。

    反発したり、泣いたり。

    「この状態がずっと続くのはよくない」
    「中学受験どころか、父子の関係まで壊れる」
    そう言ってくれたのは妻でした。

    「無理に無理を重ねる」も通用しなくなり

    集団塾では、
    一定のペースで授業が進みます。

    それについていくために、
    「無理に無理を重ねる」ことが
    前提になっていました。

    でも、
    どれだけ長男が無理をして、
    私が無理を強いても、
    埋まらないズレがある。

    努力不足ではなく、
    やり方の問題ではないか。

    そう感じる場面が、
    増えていきました。

    周囲と比べて、合わなさが浮き彫りになった

    模試の成績によって
    クラス替えは常にあります。
    授業のペースに乗って上のクラスに行く
    同じクラスの子もいる。

    質問もできる。
    復習も追いつく。

    それに比べて、
    長男はいつも
    どこかで引っかかっている。

    いつしか真ん中より下のクラスが定位置となり、
    浮上はほぼなく、維持か下がるか。

    比べるつもりはなくても、
    差はどうしても
    目に入ってしまいます。

    塾を変えることへの抵抗

    集団塾をやめる。

    その選択肢は、
    以前から
    頭の片隅にはありました。

    宿題をしない長男に
    「もうやめる?」と言ったこともありました。

    ただ、
    ここまで
    積み上げてきた時間や
    「途中でやめる」ことへの引っかかり。

    それらが、
    判断を重くしていました。

    「合わない」と認めることの難しさ

    一番
    難しかったのは、
    「合わない」と
    認めることだったと思います。

    努力が足りないのではないか。
    もう少し続ければ
    どこかで軌道に乗るのではないか。
    どこかで長男のスイッチが入れば。
    夏期講習で復習をすれば
    追いつけるのではないか。

    そう考え続けることで、
    判断を
    先延ばしにしていました。

    でも、
    無理を続けることで、
    失っているものも多い。
    そう思うようになりました。

    決断というより、受け止めだった

    最終的に、
    集団塾をやめると決めたとき。

    それは、
    思い切った決断というより、
    現状を
    私が受け止めた、
    という感覚に近かったと思います。

    できないことを
    責めるのではなく、
    合わない環境から一度離れる。

    そのほうが、
    前に進める気がしました。

    まとめに代えて

    集団塾をやめると
    決めたのは、
    続けることで
    苦しさが増えていく状態を、
    これ以上見過ごせなかったからです。

    この判断が
    正解だったかどうかは、
    この時点では
    まったく分かりませんでした。

    ただ、
    「合わない」と認めることで
    次の一手を考えられるようになった。

    いま振り返ると、
    そう思います。

    次の記事では、
    集団塾をやめることに対して
    感じていた不安や、
    周囲の反応について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    集団塾をやめるときの不安

  • 志望校を実現可能なラインに置き直した判断|引き算を受け入れ始めた頃

    志望校を実現可能なラインに置き直した判断|引き算を受け入れ始めた頃

    どこを志望すれば向き合えるか

    説明会をいくつか重ねて、
    私たちの中で
    少しずつ変わってきたものがありました。

    それは、
    「どこを目指すか」ではなく、
    「どこなら向き合えるか」という感覚です。

    志望校を
    正式に決めたわけではありません。
    ただ、
    頭の中に置いていたラインを、
    引き直していました。

    「上」を見続けるのが、しんどくなっていた

    偏差値65の学校を目安にしていた頃、
    大学附属を目標にしていた頃、
    私たちは常に
    上を見ていました。

    合格80%偏差値。
    あと何点。
    どれだけ足りないか。

    気づけば、
    「足りない部分」ばかりを見ていて
    「届くかどうか」ではなく
    「届かなければいけない」
    に変わっていたように思います。

    それが、
    少しずつ負担になっていました。
    親だけでなく、長男にとってもです。

    説明会で感じた「無理のなさ」

    中堅校の説明会では、
    別の感覚がありました。

    この学校で、
    6年間を過ごすとしたら。
    日々の授業を受け、
    テストを受け、
    行事に参加する。

    その姿が、
    極端な背伸びをせずに
    思い描ける。

    それは、
    安心というより、
    無理がない、
    という感覚でした。

    「実現可能なライン」という言葉が、浮かんできた

    いつからか、
    「実現可能なライン」という言葉が
    浮かぶようになりました。

    妥協ラインでも、
    最低ラインでもありません。

    いまの成績と、
    いまの学習ペース。
    そして、
    長男の様子。

    それらを
    まとめて見たときに、
    大きな歪みが出ない位置。

    そこに
    志望校を置き直す。
    ようやく無理のない位置にたどり着いた。
    そんな感覚でした。

    目標を
    失ったわけではなく、
    新しい目標ができた。
    そう考えることにしました。

    子どもの表情が、少し変わった

    志望校の話をしたとき、
    長男の表情も
    少し変わりました。

    「頑張れば、届くかもしれない」

    そう思える距離に
    目標があることは、
    想像以上に
    大きかったのだと思います。

    以前のような
    重たさは、薄れていました。

    判断ではなく、置き直しだった

    このときの私たちの行動は、
    決断というより、調整でした。

    志望校を
    白黒つけるのではなく、
    位置を少し動かす。

    それだけで、
    考え続ける余地が生まれました。

    まとめに代えて

    志望校を
    実現可能ラインに
    置き直したのは、これ以上、歪んだ状態で
    考え続けないため。

    そして、
    長男と一緒に
    前を向いて中学受験に挑むためでした。

    この判断が
    正しかったのかどうかは、
    この時点ではまだ分かっていません。

    ただ、
    ここから先を考える土台としては、必要な調整だった。

    いま振り返ると、そう思います。

    次の記事では、
    この「実現可能ライン」を設定する前後、
    塾との関係がどう変わっていったかについて
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    集団塾をやめる決断をした理由

  • 説明会で「ここなら」と感じた中堅校|数字以外が動いた瞬間

    説明会で「ここなら」と感じた中堅校|数字以外が動いた瞬間

    進学実績と手厚さをどう見るか

    中堅校に求める条件を
    ある程度言葉にできたあと、
    私たちは
    実際に学校説明会に足を運んだり、
    説明会のYoutube配信を見たりするようになりました。

    進学実績。
    手厚さ。

    頭の中では
    整理できたつもりでも、
    それが
    実際の学校と
    どう結びつくのかは、
    まだ分かっていませんでした。

    説明会に行って、最初に感じたこと

    説明会に参加して、
    まず感じたのは、
    数字では分からない情報でした。

    特に生徒さんが説明会で話す内容です。
    もちろん、その場に出てくるのは
    選ばれた生徒さんでしょう。

    でも、その中堅校を選んだ生徒さんに違いない。

    パンフレットや
    ホームページでは
    見えてこなかった部分、
    生徒さんの実像が見えてくる。

    それはその子がはきはき話すとか、
    立派な内容を話しているとか、
    そういう部分ではありません。

    生徒さんは学校のカリキュラムをどう思い、
    学校は生徒さんをどうフォローしているのか。
    そんな観点で見ると、いままでとは違った面が見える気がしました。

    「ここは違うかもしれない」
    そう感じる学校もあれば、
    思っていたより
    しっくりくる学校もありました。

    進学実績の説明を、どう受け取ったか

    進学実績についての説明も、
    学校ごとに
    印象がかなり違いました。

    数字を
    前面に出す学校。
    一方で、
    あまり強調しない学校。

    ただ、
    どちらが良いというより、
    「どう語るか」に
    目がいくようになっていました。

    どの層の生徒が、
    どんな進路を選んでいるのか。
    その説明に無理がないか。
    特にレベル別でクラスを分けている場合は
    要注意だと感じました。

    「手厚さ」が具体的に見えた瞬間

    説明会の中で、
    「手厚さ」という言葉が、
    初めて
    具体的に感じられる場面もありました。

    補習。
    声かけのタイミング。
    授業のほかに困っている状況を見つける仕組み。

    それらが、
    抽象的な言葉ではなく、
    日常の動きとして
    語られていた学校がありました。

    そのとき、
    「ここなら」と
    思ったのだと思います。

    長男の反応が、思っていたより大きかった

    説明会のあと、
    長男の反応も
    印象に残っています。

    「この学校は
    頑張ればいけるのかな」

    それまで、
    模試の結果を前に
    自信をなくしていた様子が
    続いていたので、
    その言葉は少し意外でした。

    親の判断とは別に、
    本人が前向きなイメージを
    持てそうだということが何よりうれしかった。

    条件が、現実の学校と結びついた

    進学実績。
    手厚さ。

    整理した条件が
    この説明会を通して、
    初めて現実の学校と
    結びついた気がしました。

    「この条件なら納得できる」
    という感覚が、
    頭だけでなく、
    感覚として腑に落ちた瞬間でした。

    まとめに代えて

    説明会に参加したからといって、
    その場で
    志望校が決まったわけではありません。

    ただ、
    「目指せる学校」のイメージは、
    かなり具体的になりました。

    数字だけでは
    動かなかったものが、
    人や空気を通して少し動き始めた。

    そんな感覚を
    覚えた時期でした。

    次の記事では、
    こうした説明会を重ねる中で、
    志望校を
    現実ラインに置き直していった過程について
    書いていきます。

    ▼ 次の記事
    志望校を実現可能なラインに置き直した判断

  • 中堅校に求めた条件|基準の洗いなおしを始めた頃

    中堅校に求めた条件|基準の洗いなおしを始めた頃

    何を重視するべきなのか

    中堅校を
    具体的に見始めるようになってから、
    私たちは
    ひとつの作業に取りかかりました。

    それは、
    「どの学校がいいか」を探すことではなく、
    「何を重視するのか」を
    整理することでした。

    中学受験の学校選びとして
    これまで何となく置いていた基準を、
    一度、洗いなおしてみる
    必要があると感じていました。

    進学実績を、どう見るか

    中堅校を調べ始めて、
    やはり最初に目を通すのは、
    進学実績でした。

    大学合格者数。
    難関大学への進学率。

    数字は、
    分かりやすい。

    でも、
    それだけで
    判断できるかというと、
    そうでもありませんでした。

    母数も違うし、1人の生徒が複数の大学に合格して
    実績を引き上げている可能性もある。

    単純な比較が
    できないことも、
    分かっていました。

    それでも、
    「見ない」という選択肢は、
    ありませんでした。

    中学受験の先、どこを目標に置くのかという
    私たちの基準は
    やはり大学進学だったからです。

    数字の奥にあるものを知りたかった

    進学実績を見るとき、
    私たちが気にしていたのは、
    一部の突出した結果ではありません。

    医学部や難関国立大に1人とか、
    そういう数字ではなく
    どの層が、
    どこに進学しているのか。
    ボリュームゾーンはどこなのか。

    上位だけでなく、
    中位、
    下位の生徒は
    どうなっているのか。

    長男が
    その学校に入った場合、
    どのあたりに
    位置しそうなのか。

    そうした視点で
    見直すようになりました。

    「手厚さ」という言葉が気になり始めた

    もうひとつ、
    頻繁に目にするようになったのが、
    「手厚さ」という言葉です。

    「少人数制で個々の能力を最大限に」
    「きめ細かな指導とサポート体制」
    「じっくり指導」

    こうした
    学校案内などの資料では、
    必ずと言っていいほど
    出てきます。

    ただ、
    その言葉が
    何を指しているのか。
    使い勝手のいい曖昧模糊とした言葉を
    なんとなく受け入れるのはやめました。

    手厚さを、どう定義するか

    私たちが考えた
    「手厚さ」は、
    単に勉強量を
    増やしてくれることではありません。

    より具体的に
    生徒の学力向上に
    どうアプローチするのか。
    学習習慣をどうつけ、
    どんな手法で置いていかれそうなときに
    カバーをしてもらえるのか。

    そうした環境があるかどうかを、
    気にするようになりました。

    進学実績と手厚さは、切り離せなかった

    進学実績と
    手厚さは、
    別々の条件のようでいて、
    実は
    つながっている。

    そう感じるようになりました。

    手厚く見てもらえるからこそ、
    一定の層が
    安定して次の進路につながっている。

    そんな構造がある学校に、
    惹かれるようになっていきました。

    条件を言葉にしたことで、見えたもの

    進学実績。
    手厚さ。

    この二つを
    軸として
    学校を見直すようになると、
    候補校の顔ぶれが
    少しずつ変わってきました。

    「何となく良さそう」
    ではなく、
    「この条件なら納得できる」。

    そう言える学校が、
    残っていく。

    条件を言葉にしたことで、
    選択肢が
    整理され始めた感覚がありました。

    まとめに代えて

    中堅校を探し始めたことで、
    私たちは
    志望校を決めたわけではありません。

    ただ、
    見る基準は
    確実に変わっていました。

    進学実績と
    手厚さ。

    この二つを
    どう受け止めるかが、
    次の判断の
    土台になっていきます。

    次の記事では、
    こうした条件をもとに、
    説明会や学校訪問で
    「ここなら」と感じた
    具体的な学校の話を書いていきます。

    ▼ 次の記事
    説明会で「ここなら」と感じた中堅校